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Satellite Of Digitalis Syndicate

絵描きと数学

この記事、うまく書けるかわからんのだが、一応挑戦してみる。

自分はまず地図が読めないを自負してきた。いやー自負すんじゃねーよ、自覚だよ。な話だが、とにかく極度の方向音痴な上に、街角にある立て看板地図もろくに読み解けないとなると、どれほど不便か。
交番の巡査好き好きモードはそのせいだ。あちらはさぞ迷惑だろう。まさか地下鉄メトロのわりと都心近く生まれで、繁華街にはほとんど勤務したことあり・・・とバレると恥ずかしいので、お上りさんテイストみたいなものは研究し、演技力をなるべく発揮してるつもりだ。
てか、演技するまでもなく、(なんかこいつボーッとしてる)くらいはすぐ理解してくれるかも。まぁ、いい。

で、その状態を「俺は右と左しかわかんない、東西南北のわからない人間」と説明してきた。
これはそのまま3Dわっかんなーい。に通じ、2Dまでが限界なんす。でもあった。

こういう人間だと踏まえた上で、さらに僕は女子美の卒業生の未子で、家族中がみんな絵が描ける中で、唯一絵が描けないのが多少の劣等感というか不思議な要素だった。

よく親は「バカな子ほど可愛い」ものだというが、母が生前、いつまでも僕の小学校時代の釘打ち作品を部屋に飾り続けているのを横目に、(ふむ、絵が描ける親にとっちゃ、絵が描けない子ほど可愛いって転用例かいな)と苦笑してきた。

通知表はあんまり記憶にないが、感覚的には、美術なら0で、工作なら5くらいの自覚なんすね。技術家庭科なら8や9かも、という器用貧乏だけど絵は描けない。

と、ほら。学校の「教科」なんてものを基準に考えると文章だって行き詰まる。
おまえさっき2Dはいけるが3Dはアウトと書いた話と、矛盾してきてる風だぞ、と。技術家庭科はたぶん、2Dより3D要素強くねーか?

と、行き詰まったものは横へ置き。

数学は、この教科がなければ義務教育以降の高校進学も危うかったのではという好成績だった。
ただ3教科受験と5教科受験という偏差値上の差以前に、そもそも「高校は私学に行きますんでよろぴく」しか親には言わなかったんで、うちの末っ子はなんか致命的にダメらしい・・・という風評じゃない被害は家庭内に蔓延する前に回避していた。

年の離れた兄二人が兄弟喧嘩するのを、(目クソと鼻クソがまたどんぐりの背比べ喧嘩してるー)ということは、3番目の俺ぁきっと耳クソだぁなぁ、と思いながら成長してるんで、受験で下手を打ったときに、万が一にもどっちかの兄の母校にお世話になるのだけは避けたかった。
しかも都立高校って下手すると通学時間1時間とかありえるんだよ。地図では近いが不便な立地、というやつか。

9人家族のド貧乏一家に生まれても、7人家族になる頃には、サラリーマン終身雇用で少しマシな給料になる昭和の時代。都立はお受験もしません、塾も行ってない。
で、親父がケチだから、他人に勉強教えてもらう必要なか、みたいな事言って、一応受験シーズンだけ家庭教師のさらにドメスティック・バージョンを請け負ってくれたんだけど、あらまぁ、教えるの下手(笑)

あなた本当に大学時代に家庭教師のバイトで食ってたんですかぁ、という感じ。バイト先の立派な庭先で飼い犬に追っかけられた話とかはなんとのぉ聞いていたし、教え子をスキーに連れて行って骨折させてクビになった話も聞いてたが、いやいや、それ以前の問題じゃね・・・も感じる。

ただ一人でいたら教科書も読まない子供を見張っているくらいの役には立った。つまり教科書を読んでただけ。素読を朗読にしただけ。(わぁ〜ぉ!)

ま、それはいいのです。それよりずっと後年、プログラム言語でわからないところがあった時に、親父の部屋に入っていって説明を乞うと、まるで別人になりましたから。
高校受験の教え方はどうも怪しかった人も、職業人としては、自分とは天と地ほど違う、これから百年かかっても、生涯追いつけませんわ、すんませんでした。という気分にさせてくれたので、まぁその一点で非常に尊敬というか・・・尊敬とは違うけど・・・羨ましいなと思っている。

ここまでは大まかな家庭環境の説明だ。
親父と未子。僕は数学しかできなかった子供だが、親父はまぁその才能を分けてくれた血であり、さらに数学的思考力は上。

なんだけど、当時不思議なことがあった。僕はできるといっても、代数と幾何で、代数は早いしミスも寡ないけど、幾何はそれほどでもなかった。
その幾何の問題を、親子でせーので考えはじめたときに、だいたい親父が先に回答を見通した上で、教え子が解くのを「待ってる」はずだったのが、時々くつがえる・・・その不思議に長年、答えがなかった。

幾何の問題には平面図と立体図があり、ここで2Dと3Dに話が返るのだ。

幾何学問題といえど、平面図の問題に関しては、なぜか圧倒的に僕の方が解くのが早く、親父が説明をはじめるのを、いやいい、こういうことだから、これは把握できてるのですっ飛ばしてくれていい、という逆説明をして、「え、なんでもう解けてるの」「君、早いな」というような場面が何度か重なった。

あくまで受験勉強だから、そこで二人の差異を、なんで違うんだろうね、なんてことは突き詰めなかった。今になってフェアに考えば、現役の中学生にあの年で追いつくというか先に解ける親の方がめずらしいんじゃないかと思うので、どこまでも思考力は父親の方が今も昔も上、なんだけど、あの差異は・・・。

という、ぼんやりした疑問に、先日意外な人が答えをくれた。

職業はイラストレーター。
知人なので僕の迷子癖も、横柄さやずぼらさや、いろいろ把握している。俺ぁ二次元が限界でよぉぉ、という僕の愚痴もよく知っている相手に、3Dと2Dの話に絡めて、そういえばと、この幾何学問題での親子の差はなんだったんだろうと、聞くでもなく話したら、実にさらりと言われてしまった。

「それはあなたのお母さんの側の才能でしょう」

だって、絵を描くというのは、3Dを2Dに落とし込む作業だから、と。

あなたは絵が描けないと言ってるけど、才能はまるごと遺伝するわけじゃないから、平面図の問題に関してのひらめきだけは、お母さんの才能が相乗りしているのだ、ということだった。

わりとマヌケな声で「ほぉぉ、」とか返したと思う。

学業の成績だけあげれば、母の方がたしかに僕より優等生だったかもしれないが、親子はそういうので記憶してないので、母が数学と重なるとは思わなかったし、とにかく虚を衝かれて「はぁぁ、なるほどぉぉ」と相手の物の見方に感心しながら、驚いていた。

腑に落ちたけれど、心が騒ぐような言葉は、あるのだと思う。

この話は、数学や地図やまして絵の才能とか、本当はどうでもいいことで、夏の話なのだ。
お盆近くに僕ははじめて、あなた意外やお母さんの血が流れてるんですよ、と声にしてもらった気分だった。

「それはあなたのお母さんの側の才能でしょう」

泣こうかなぁと思ったけど、虚を衝かれたので、ほへぇ。で終わったという。

絵描き、凄いなぁと思いました。常に三次元の世界を、イラストだけではなく、ああいう言葉に落とし込むまでを、才能と訓練の繰り返しで培っている底力のようなものを垣間見た気がした。

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