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Satellite Of Digitalis Syndicate

そして「駅から5分」の結末を裏返す

僕は後悔している。「駅から5分」の結末を最後まで自分で投げ出さずに解かなかったことを。
「花に染む」でもう少しうんざりしていたので、実際の事件に行き着いたところで、投げ出してしまった。
だが、あらためて考えると「駅から5分」の方がよほどわかりにくい。

「花に染む」は単純に分解すれば、一つのタイトルの中に、二つの物語が同時進行する、それだけの説明で済む。
ストーリーA:表は「花乃・陽大・陽向」幼馴染3人の物語。
ストーリーB:裏は「雛・陽大・陽向」という神社の子供たち3人の物語。

紙の単行本の帯にあったという、いくえみ綾の「唯一無二」という言葉。
おそらくそれは一つの物語に二つの物語が存在すると、かけているのだ。
僕はいくえみ綾ファンではないので貸してやると言われても読まないが、いくえみ綾が自分よりずっと年上の女性で、くらもちふさこの初期作品からの古いファンであり、「いくえみ綾」というペンネームもその過去作の登場人物と彼女の本名をかけ合わせた「アナグラム」だと聞いた。

天然コケッコーの「やまべあつこ」が「あべまやこ」というペンネームで大沢くんがモデルの漫画を懸賞に応募するのも「花に染む」の解読ヒントになっていた。
そよは、あっちゃんは小説もよく読むし想像力があるから、実際のモデルなどいなくても物語が描けるんだろうと考えていたが、実際はモデルがいた。
「花に染む」にも、モデルはいた。

大沢くんは自分がモデルだと吹聴する役だし、そよは「あべまやこ」アナグラムから、一瞬で「あっ これじゃあ」と応募作品「そよ風の誘惑」を探し出す。

この「あべまやこ」アナグラムと実際にかぶる少女漫画家「いくえみ綾」が「唯一無二」というのも、また「アナグラム」でヒントなのだと思える。帯にあってさほど違和感なく、ただし結末が二つ見えたときに、あぁなるほどと感心するような「物語の組み方」を暗に伝える最短・最適なアナグラム。

二つの物語 A:表 B:裏 と縦二分割しても、
どちらも「三」が鬼門、忌み字になるようなストーリーで、しかし「三」人目のヒロイン水野楼良が、嘘のない高潔・潔白な人物なので二つの物語のヒロインが二人とも救われる。「三」の不幸を覆す結末。

「花に染む」は A:表 の結末までで、雛は陽向になっていた(男になった)は、雛が「次は」男の姿で表現されるという予告。
その次=続きが「駅から5分」最終話・沢田陽生のエピソード。

沢田は、ハルキという名を「ヨウセイ」と読まれ、「妖精さん?」とネタにされ水野楼良が「陽性」のわかりやすい人物だったと同じ意味で、雛の表現型、雛の悲しみを反面鏡に映し出したもの。

* 沢田は大事な一人しかいない跡取りで、「外から引っ張ってきた」くらいだから、ジジイは俺に怒ったことねぇじゃん という。

* 雛は「花染神社」の一人娘にも関わらず、「嫁」として他所に行かされると思っていた。

しかもどっちも元凶は「クソジジイ」だ。


先を急がず、まず「花に染む」最終話を B:裏 の起承転結の「転」として見直す。
花乃は二つの物語のガイドとしては最悪のガイドだ。常に「半分しか伝えない」

日頃から男になりたいと口にし、水野が陽大になってた、私が追い求めていたものになっていたと泣く。
「その後方では雛さんが陽向兄になって、まるで男になれています、そして私とは逆に静かに微笑んでいます」と「つぎは後方をご覧ください」を言わないバスガイド。

この仕掛けを読者に伝えているのが「オーロラ姫」モチーフの絵。
花乃はまた殺人現場になられちゃ困るという爆睡型。水野楼良は「半目」で眠る。だが雛の眠る姿は描かれない。
しかし「半目」というヒントが雛の目を指す。雛はメガネをかけている。

雛は水野をよく見ようとメガネに手をかけている姿を扉絵で描かれていた。

眼鏡のレンズ=ガラスを通して見れば、近眼の雛が、よく見えるようになるという絵で三者の立ち位置を示す表現。

文章の読み方を変える。近眼でぼやけて見えない「雛を、よく見えるようになる」=読者が、という置き換え。

雛の「B:裏」物語は、はっきり描かないが、ガラスや鏡を通せば読者にもわかります。とするフォワード宣言。
二人を見比べるのではなく、三人を対象に順を追って比較して見ればわかりやすくなると読み手に伝える。

ガラスは水野が覗き込んだ車窓の窓ガラスであり、花乃が女の顔をしていたと視線をやるガラス窓。
太陽の光を屈折させるガラス「鏡」を通して物語を見ると、三者三様の物語が見え、その三つの物語は、やがて「駅から5分」最終話の圓城陽大と沢田陽生に集約される。
そして「風船」に。


最終話の「水野が陽大になってた」を裏返すと、陽大はかつて水野だった。

斜線を間に挿んで「負けたって思った」の場面は、四則演算の割り算が「スラッシュ:/」だから斜線。
男一人・女二人の3人でそれが「恋愛」なら、誰か一人が余る。女性・水野が一人余り者のように描かれる。
過去に「雛・陽大・陽向」の三人で余っていたのは、男・陽大だったと絵で示す。

水野楼良は最終話の「体配」で、まるで(大前)花乃のために用意されたヒーローのようだが、雛の「B:裏」を暗に示すための存在。
物語の序盤からずっと陽大が一人でまかなっていた二人分の主役を、水野に半分・肩代わりしてもらう場面が、泥だらけになって「戻ってきてくれてありがとう」のキスシーンだ。

すべては花乃さんのためのお膳立てなのですね、と言われて陽大が少し困ったような顔をしているのは
過去のいざこざを知らない田路から話を聞いた水野はそう思い込んでいるが

いや実は、雛の分だけ分担してもらえたらな・・・という話なのだ。
花乃は男になりたいだの、陽大を目指しているだのと面倒臭い娘だが、相思相愛は明白だし、時間はいくらでもある。
だが雛の望みは花乃・水野・雛の女性3人で、陽向が(落ち)をつとめた役をやりたい、陽向になりたい!なので、陽大には無理。
女で試合に出ることを雛に望まれている水野「君にしかできない」

当初は花乃を驚かせ喜ばせたいだけだった目的が、花乃・雛・二人のためにーとシフトしたから携帯電話も「数」として二つ描かれる。

だからその後の水野楼良の登場シーンは、ほぼ「B:裏」ストーリーの伏線になる。
「どんなにあくどい手を使ってでも」試合に出てみせると意気込むのは、過去に雛があくどい手を使いました、という比喩であり、新幹線で座席が3人で割り切れないのも、「余りの一人」になるのが、どんな心境か、辛い・キツイと「花乃の恋心」でまた「雛の過去」を暗示する。

そして聡い水野は、すべては花乃さんのためのお膳立て、と思っていましたが「その方の願う」方へと自発的に動いていらっしゃると、「B:裏」ストーリーが並行して佳境に向かう「転」であることも口にする。
彼女はあくまで「陽性」で、知っている範囲のことはすべて読者に伝える。


神社が二つ。子供が三人。

企業が二つ、会社が二つなら、雛も対等で、むしろ一人っ子で長子なのだから「後継」筆頭であるかも知れないが、「女性」がネックになるような環境を設定している。

氏子総代が陽向にばかり貢ぎものじみたことをするのを、花乃と陽大が遠巻きに見る場面は、僕が当初思っていたよりも残酷な場面なのだ、きっと。
そこに「いない子のように」扱われる。

メインキャラクターを「生者」だけに絞って四人と数える・・・と解けない綾取り。それが「花に染む」の皮肉だ。

雛と陽大は、必要不可欠な者として数えてもらえない点が、物語の始まりで「対」だったのか、と。
かたや一人っ子の長子だが女、かたや美点の多い子だが次男で、実家で自社の神様のそばで仕えたい、役に立ちたいと言っているのに、他所に行かされる可能性の高い男の子。

「奇数」に二人が魔が差してしまう物語を、対、対、と強調しておいて、最後に見せたい数字は「三」だった。「三」が仇になる。

そしてメインキャラクターを四人として、男一人を女三人が争奪戦という「建前」的な表面ストーリーの数を見ても余るのは二人。
陽大と雛は、どちらが余り者とされるかわからない、弱い、微妙な立場の二人だった。

斜線の上下では、水野楼良が「陽大になってた」 ー 男女二人が抱き合い「余りの一人」になってた ー まできっと過去になぞらえている。
陽向と雛が許嫁のまま結婚すれば、男一人が余る=「陽大になってた」

しかし過去には雛と陽向を映す「鏡」役は陽大として描かれている。
それが花乃のいう「水野が陽大になってた」の反転。
過去編は陽大を鏡として、そこに映る雛を想ってみて欲しい。
過去編は陽大の「記憶のすり替え」を陽向の「体配」として読み替えてみて欲しい。

水野楼良は「結婚に見立てた=契約交際」を棒に振るのもかまわず、自分に忠実に、約束通りに、彼女がプリンスラインと見込んだ男の役に立つことだけを選ぶ。
割り切れずに余る奇数の「一人」に自ら迷いなくなる女子大生のおかげで、すべての霧が晴れる。

彼女は一人余るはずだった男・陽大になり、一人残された女・雛にもなっていた。

数だけを追えば、忌み字が「三」だった物語で、呪わしい数「三」を逆転・好転させるための長い長いストーリーが「花に染む」という大仕掛け。

最終話で、氏子総代が陽大の様子伺いに来るが、昔の総代と名前を変えて「代替わり」するほど時が経ったと表現しているのだと思ったが、考えてみれば陽向に贈りもの三昧で、次男にちょっとした土産一つも渡さない同じ総代が来ていたら、感情的には今更どのツラ下げて・・・と読み手でも思うような関係だったな、と後から気づいた。

兄貴が亡くなったから弟で、と涙を流して懐かしがられても・・・と、三番目の未子である読者=とりあえず僕は苦笑いが浮かぶ。

どちらが残酷か。次男の陽大は数として余っているようで、他所の神社で宮司にと勧められていた。
雛はそこにただ一人しかいない子供なのに、「嫁」として他所に行かされると思っていた。
そして神様と恋した男の子を天秤にかけて、天秤はまだグラグラ揺れていただろうに、大事なものを連れ去られてしまう。

どうして兄は僕の嫌がることを言うの、と唇を尖らせていた頰の丸い陽大は、可愛かったと思う。
目の前で残酷な「いない子のような」扱いを見せられても、父母がいて気の良い兄がいると、拗ねても可愛いでいられる。
でもその影には、もう一人、別の顔の別の女の子がいたんだね、と今になって知る。

だって、直接的には描かないから、鏡に映るものを見ろって、そういうことだ。
陽大が「悲しみの子」なら、雛は人に悲しみを伝える術もなかった子なんでしょう、と。

神社が二つ。子供が三人。
余っている男の子を他所へやり、不要な女の子を嫁として移動させれば「丸くおさまる」
いちばん酷な書き方をすれば、このとおりだ。
大人の事情、大人の計算では「丸くおさまる」それがどんなことになった? を8冊も時間をかけて読んできただろうと。

「駅から5分」で雛がいう「史上最悪の良い子」は、反転劇「花に染む」へ返せば、雛自身のことを雛が言っていると捉えていい。

丸くおさまると暗にいう大人の事情も理解する女の子だが、それによって自分の気持ちがズタズタになるのも知っていて、幼い従兄弟を巻き込んで、暗いシナリオを書いた最悪の、我慢強く、表立った反抗もできなかった可哀想な女の子。

雛が陽向を好きだったことは最終話で読者に伝わる。
では、陽向はどうか。

沢田の手が震えていた「絵」から、「花に染む」で男の子の手が震えていたエピソードへ戻って「見る」
弓道部合宿の「我慢大会」で陽大が手を震わせながら花乃に抱きつく回を見よ、と。
#23(・・・はいはい。兄さんを見ろの数遊びだろ、となる)
扉絵で陽大がまんまと果実を食っているのも秀逸だ。

陽向は、仮にも弓道という勝負事の部長だが、「ホントは どうでもいい」と語り出す。
ホントは勝負事は苦手なんだ、弓にさほど執心してないし、高校ではきっと続けられない状況で、だからこそ今の部員や兄弟で・・・と語った後で、

「ああ、でも あの巻藁矢は僕がいただくけど」と主将、目が朦朧としてますよ状態で、本音を吐く。

弓に執心してないのに、弓はそのうちやめるのに、雛が寄付してくれた巻藁矢は、大事な君らにも譲らないと言っているようなものだ。
こんな風に過ごせることで十分なんだと穏やかに語る少年が、雛のいない場所で「いただく」と明言する。

しかし寝呆けて服を脱ぎ、ゲームで負けそうになっているのを陽大が止めてやり、どうやら景品の「巻藁矢」は陽向が手に入れたようだが、雛の本当の想いは知らないまま、彼は永眠する。

だから雛は「巻藁矢」にムキになった陽向の気持ちも知らないし、話を聞かされることもなく、陽向の死後「飛ばせてやりたくて」とその弓を放つのは、心優しい田路だった。

最終話ラストシーンで鏑矢を放つ場に、田路が呼ばれ、彼の到着が待たれるのは、こうして見直せば「B:裏」物語にとっては必然、不可欠。
弟・陽大の代わりに、陽向の気持ちを飛ばしてくれた友人に、今度は雛の気持ちを矢に込めて空に返す、その時に田路が呼ばれなかったら礼節を欠く。

ここまでは表立って描かれた陽向。


死後の彼の気持ちは描かれていないように見えるが、卍ダンスで「仏」や死後の世界と結びつく京都の千場くんと会話しているのは、いったい誰か、というのが「記憶のすり替え」であり、陽向の「体配」=陽向の影=陽向の影響。

千場伊織が雛にむかって、悲しいや辛いを「省いて」話すからつまらないと見抜いていたことは、雛の恋は最後まで文字やセリフで直接的には書かないという予告にもなっているが、雛だけではなく「陽向」の気持ちも、千場くんが引き出す、完全に「B:裏」専属の登場人物だったと言えばわかりやすい。

陽大は「ゾンビより手ごわい」と雛を貶め、渡された携帯も道端のゴミ箱に捨てるほど嫌いながら、千場くんが雛の悪口をいうと、子供のような顔に戻って「二度と雛を悪く言わないで」と止める。

陽向と記憶がすり替わっていた、兄の記憶が影響していたと後にいう陽大が、陽向の記憶で「可愛かったんだ」「雛を悪く言わないで」と言っているように見えてくる。

最期に、弟とキスをしている雛を見て、駆け出して行き、炎の中で亡くなった陽向が、陽大の記憶の中で弟の口を借りて「可愛かったんだ」と、僕が見せつけられた悪意は何か理由があって、本当の雛は可愛かったし、悪く言われるのも聞きたくないと、幽体みたいな陽大は陽向と混じり合っていたような気がしてくるのだ。

そして雛もまた記憶のすり替えをしていた。
母親に懐いていたのは幼少の陽向なのに、自分は育って、そばには人懐こくて可愛い男の子・陽大がいたから、「陽大だけは母に懐いていたわ」と口にする。

「A:表」ストーリーで、水野楼良が目立つから、恋愛はこの先どうなると紛らわしく感じていた読者なら、水野が邪魔だった、水野が紛らわしかった・・・をそのまま、陽大が紛らわしかった、と置き換えた途端に「雛の記憶のすり替え」を体感できるだろう。

陽大は年下の従兄弟として雛に懐いていただけだが、雛はそこに幼少の可愛かった兄・陽向も重ねて、母に懐いていたとすり替えている。

それを弓道部のごたごた中に、花乃は「これを恋愛に置き換えてみたらわかる」などと、また「半分ガイド」をする。
花乃の恋心が「爆睡」から目覚めかけている話に混ぜて、雛の「B:裏」も「A:表」の恋愛話に置き換えてみれば、わかると伝える。

単純に恋愛として邪魔なのは水野であり、陽大であり、
花乃と陽大が相思相愛なように、雛と陽向も相思相愛だった。

だが実際の陽向は、少女時代の雛が雨の日に言っていたように、「大人に言われて」雛を意識するようになった、そこだけは本当だったのだ。

周囲の親戚から疎まれるほどエキセントリックで自由な雛の実母が、可愛くて仕方ない愛娘のモノマネをして見せるのが大好きで、伯母さんが大好きになり、その話に影響を受けて雛を可愛いと思うようになる。

大人の事情で、大人に都合の良い筋書きを聞かされて、子犬のように従順に、ではなかった。

雛の「見立て」が半分は当たっていて、事実は半分・間違っている。それを知っているのは、陽向の記憶を受け継ぎ、雛から雨の日に話を聞かされて「それは違うよ」と答えていた陽大だけだ。
だから彼は、違ったんだけど事実そうだった、とため息をつく。

「それは違うよ」の後に、おばさんのモノマネ話を兄から何度も聞かされたんだと、あの日、自分がはっきり憶えていれば・・・と思うだろう。

レプリカがあまりに素晴らしいので、どうしても本物が欲しくなる。
僕にはままあることことだが、外向けの話で良い子なの、善い人なのという紹介話より、家の中でどんなに楽しく可愛い人かと真似して見せられたら、それは実物が見たい、本物が欲しい、強く惹かれる、となるだろう。

さて。ここまでは物語の縦割り・解読まですめば、僕より感受性の豊かな読者がそれぞれ自分の感性で読み返した方が、趣があるはずだ。


だがその後に続く「駅から5分」の結末は、ある種の変態・スケベ脳しかわかんねぇよ、これは・・・と思った。

あぁ、そういうことか、と納得するに至るまでは、まぁ僕のスケベ脳でも時間がかかった。

きっかけは「花に染む」のトリスタン・パロディーを見つけた後に、あまりに忘れていた「トリスタンとイゾルデの悲恋」を子供向け文庫で読み返したこと。

あやまって恋の媚薬を飲んだあとに逢瀬を重ねる二人の描写が

ただおぼえていることは、春は短いのだということと、このすばらしい日光のもとで、愛がふたりをひとりにしているということだけでした。
ふたりの愛はおそれに変わり、暗くなり、死にものぐるいになってきました。

はぁぁ? と驚いた。子供向けの本だからセックス描写はないが、「愛がふたりをひとりにしている」だの「死にものぐるいになってきました」だの、おぉぅ子供にはこれでわかるのか、通じるのか、すげぇなぁと逆に感心してしまったわけで。
まぁ子供は頭がやわらかいからねぇ・・・とその想いは一旦閉じ、ずっと日が経ってから、ハーパー・リー原作の「アラバマ物語」という映画を借りて観て、ハーパー・リーが女性だったことを思い出し、僕なりに感じることがあったので、「駅から5分」の解読を自分で見直した。

すると、沢田陽生は「陽向」ではなく、「雛」じゃないか・・・わかりやすい「陽性」の雛・反転だ、となる。

今時の若い人は読んだことがないかも知れないが「ちびくろさんぼ」という絵本は、トラが何頭か輪になってグルグル回ると、バターになる。
乳牛ならともかく、なんでトラがバターだとツッコミたくなるが、トラもバターも黄色いから、絵としては、バターになってしまう(笑)
それが子供の見る世界。子供が楽しめる世界。

思考を戻すと、「花に染む」の抱擁シーンは「陰陽太極図」だ。
太陽と月を、男と女に見立て、男女の象徴であり、夫婦の象徴ともなる。

僕にしてみれば、そのあとはやることは一つ。
だから「花に染む」のラストが解りにくいだの、恋愛じゃなかっただのと読むと、面倒臭くなって、もぅいいから陽大がコンビニでゴム買ってる絵でも描けばぁ・・・と嗤っていた。わかりやすく描いて欲しいなら、そうなるだろと。

でもまぁ少女漫画家はロマンティックの権化ですよね。

陰陽太極図で、がっちりと男女が抱き合ったあとは、交わる・混ざり合う・溶け合う。
もっと書きましょうか。男女が抱き合って、二人が撹拌されて泡立ち、貪りあって、溶け合って一つになる。

・・・案外、下手だな。エロ本書きにはなれない。今わかりました。即物的だから、すぐコンビニ行っちゃう。金で済ませてしまう。
それじゃあ肌と肌が擦れて「粟立つ」ようなセックスシーンは書けないよ、億ちゃんダメダメ。俺の出番じゃん!と思ったが役立たずだな。

でも、ここまでくると、作者が「対」だ「対」だと強調しまくった理由は納得がいく。
「花に染む」には、A:表 B:裏 という「対」の物語があり、A:表は「花に染む」最終話で完結。B:裏は「駅から5分」最終話で完結。
その表と裏は、「抱き合う」と「溶け合う」で対になっていた。

生きている二人は、歩いてどこへでも行けばいいが、添い遂げられなかった二人は、たとえ観念上の「そらごと」であっても、もっとロマンティックなエンディングを用意する。

大事な跡取りだと、わざわざ「外から引っ張ってきた」くせに、神社の跡取り息子と比較され、雛と同じように屈折している沢田陽生の中で、雛の想いと陽向の魂が混じり合う。

その事故のきっかけをつくるのもまた、陽向の「記憶のすり替え」をおこしていた陽大で、雛の記憶もすり替えていた従兄弟・陽大。

沢田が「生きているだけでいい」と家族に言ってもらえたように、陽大も次の公判には出るという「その気持ちだけでいい」と二つの話を結びつけていた。

幼い彼に罪はないが、自分の存在が雛には紛らわしかった、その子がまた無意識に、雛のそばに戻る陽向の「器」を生み出すきっかけをつくる。

殺した人間の茶碗で・・・というのも、スサノオノミコトが川を流れてきた箸と茶碗を見て八岐大蛇退治に乗り出すきっかけを仄めかしている。

家庭環境に鬱屈を抱え、ヘンな家 キモイ家 と自ら考え「口には出さないが」エピソードとしてはわかりやすい「陽性」仕様。
他所に行かされると思っていた少女と、外から引っ張ってこられた中学生が男女反転する「対」

あげく比較されて腹が立つ「元・生徒会長」で「神社の跡取り」らしい圓城陽大に彫刻刀で切りつけ、花乃の呪い文句だった「腕っ節」で逆に抵抗できなくされ、あいつが実は危ないやつなのをバラしてやると、とんでもなくチープなシナリオを書くが、のっけから藤巻よし子さんに交際しても「いいよ」と思いがけぬ返事をもらい、浮かれすぎて飛び出し事故。

「心配な子」を放っておけないノブ子さんご乗車中のタクシーと衝突。

許嫁だった決まり事と、思いがけぬ交際承諾も、反転。
あいつが実は危ないやつなのをバラしそこなったように見えて、雛がどんな立場だったか、どんな気持ちでいたか、沢田自身が「陽性」としてわかりやすく描かれる。

雛が書いたシナリオはどんなものだったか「花に染む」では想像するしかないが、沢田が書いたシナリオは安易で安っぽくて、おまけに僕が感じる「主観」では沢田は強運の持ち主だ。

魔がさそうにも、陽大には歯が立たず、優等生よし子さんには「いいよ」と承諾され、ぶつかるタクシーには「放っておけない」ノブ子さんが乗っている。ノブ子さんが声を出したから、運転手がブレーキを踏み軽い事故で済むところまで、出会う相手が良縁なのだ。一見そうは見えなくても、みんなが寄ってたかって「魔がさせない」方へ彼を運ぶ。誰かがブレーキをかけさせてくれる。ブレーキになってくれる。

金運よりも人との縁こそ・人生を左右する大事な運。
金は人を狂わせることもあるが、良縁は人を狂わせることを遠ざける。
だから沢田は強運だと僕は迷いなく書く。

母親もよくヘラヘラ笑っていられるな、とジジイに言われていたが、息子の防波堤になるために、笑顔で受け流しているとしたら、良い母親だ。
学校でまで庇ってやれないから大暴れすることになるが、それが名前をちゃんとハルキと読んでくれる藤巻さんを気にするきっかけになり、事故でさえ、私には好きな人がいるからちゃんとお断りしよう、と思いかけていた藤巻さんが、沢田の価値を見直してくれる機会になっていく。

集会で「ひとり」になる藤巻さんのそばに、いるべき時に、座っていたのが最初の一歩だ。


最後が、物語:C 仇討ちの行方。

これがまた「見立て絵」に慣れていて、なおかつ水野楼良のエピソードが完全に「千花ちゃんちはふつう」のパロディーに見えていないと、とてもじゃないがわからないだろう・・・となった。

ついでに。「花に染む」全体はほとんど「天然コケッコー」の無料読み1・2巻に書いてあった。
解読を終えた後に読んだから、そこに書いてあったと言える、解読してない人には(なんのことやら)話だが

先に書いた「やまべあつこ」=「あべまやこ」アナグラムは、実際の事件被害者の名前はイリヤ・ユリア・エリスの中にある・だったし、
鏡映しの仕掛けは、初回読み切り「性格の良い大沢くん」のラストシーンが

大沢くんは わたしの心の中を映しだす「鏡」
じゃけど 少し「愛と友情の人間感動スペシャルドラマ」なんかも映して涙流させたほうが ええかも

で、A:B 裏表のことも、「駅から5分」と「花に染む」が反転・鏡なことも指していた。

二話あたりで、東京から来た転校生・大沢くん(男)のネイビーのコートを見て、大沢くんみたいなコートが欲しいと思いはじめる主人公のそよは、「大沢くんになりたい」まで言っていた。
すっかり忘れていたが、ある意味、呆れて顎が外れそうになった。そのままじゃねーか、だ。

初めてとはいえ、キス一つに代官山で探し歩いたコート一枚持ってかれる、凄ぇ物価の高い田舎だな、恐ろしい娘だな、そよ。と読み直した。
そのあと靴まで欲しくなっているところで終わる話だ。サイズが合わないので無事だろう。

そして無医村のモテ男、大沢くん。
ホワイトデーに花柄のハンカチを人数分買い揃えて、伊吹ちゃん、そよ、あっちゃん、とそれぞれに違う柄のハンカチを贈る。
東京の誰かに宅配で贈ったハンカチの「柄」をそよが気にしていたが、それはともかく、三人の女の子に別々の「花柄」のハンカチをお返しに渡すところまで「花に染む」三人立ちヒロインを暗示していて、相手によって「柄」を変えるのは、陽大に当たるスポットの差。主軸になった古典パロディーによって「役柄」が変わる。

さらに山辺篤子が入選した漫画のタイトル「そよ風の誘惑」は、水野楼良のおまけ漫画「はる風の誘惑」だかと、被りすぎでしょう。と、なんで熱心なファン読者が忘れているのか、ちっともわからん・・・マジか。と、つまり何度も顎が外れそうになった。

しかし人のことは言えない。
僕が見つけたと思っていた「千花ちゃんちはふつう」のパロディーは、読み返すと、案外忘れているもので、以前に書いた記事よりもっと重要な局面だった。

オークションのライバルである元華族の鹿野氏から、「是高の車一台分は出してもいいと思っているくらいだ」と予算を聞き出した千花ちゃんが、やっとカイの役に立てると、お兄ちゃんがあたしを見てくれる お兄ちゃんがあたしを見てくれる と思いながら駆け戻るシーン。

無視されるくらいなら怒られる方がいいと思っていた妹が、褒められると期待して走り、
塀の隙間から身を乗り出すと、意外にもカイが彼女を抱えあげ「いくら」と問う。「是高の車一台分っ」と答える千花ちゃんとカイに、鹿野是高は「中古で120万円だったよ」と教えるが、おそらくその表情からいって「嘘」をついている。

鹿野は、千花に執着しているとストーリーの半ばでカイに指摘されるが、最後に千花ちゃんにソデにされる時のセリフは、「鹿野さんが好きなのはあたしじゃなくてお兄ちゃん」で、「俺をユリにする気かっ」と絶句するが、鹿野がゲイなわけではなく、男同士の嫉妬、男の屈折した感情のことを千花ちゃんが指しているのは誰が読んでもわかる。

「花に染む」のメインテーマは、蓋を開けてみれば
水野楼良が「その方」の願う方へと暗に指す圓城雛が「私たちは好き合っていると言って」と少女時代についた「嘘」だった。

「千花ちゃんちはふつう」は僕が母親を殺したんだと言うカイの言葉を、家政婦の泣き言を、私生児の千花ちゃんが(みんながお兄ちゃんを愛したがっている)と感じ、お兄ちゃんの嘘を、彼の行動と絵で暴く、覆す物語でもある。

神話の「マザーコンプレックス」を現代劇に書き換えたような構成で、鹿野の屈折した男心も描かれ、もっと屈折しているカイが主役で、「雪の女王」のガラスの欠片が目に入った少年「カイ」もモチーフになっている。

「子ブタ」がうるさくてとカイに疎まれていたのも「駅から5分」に書かれたヒントだ。
そして千花ちゃんは母親が再婚するまで(じゃない、初婚だ)結婚するまで、母一人・娘一人の母子家庭だ。

・・・ここが、ルビふりの「被害者・ママ」=実際の事件被害者と家族構成が同じ「そのまま」なのだ。

過去作品の中から、花染町のテーマに通じるものを、要所要所に挿みこんでヒントとして散りばめ、既視感を誘い出し、という手法がわかった今では、選ばれた過去作の選択理由もわかるのだが・・・

まぁなんだ。ドスエフスキーの「罪と罰」を溺愛しすぎてソーニャ、ソーニャ、と連呼する文学者たちを、その二次元萌えを散々「ソニャソニャうるせぇ」と嘲笑ってきたが・・・僕も他人のことは言えなかった。

花乃や雛はともかく、水野楼良がこんなに頑張るのは、彼女は自分自身の仇討ちのためだろう、彼女のモデルは殺されているんだろう、と気づいた時に、千花ちゃんがパロディーに被されていたのが殊の外ショックだったのだ。

過去作品を暗示するのは、「LIVE放送」などで使う今現在のLIVE・ではないーの意味。
指名手配書で書く「DEAD OR ALIVE」生きいても・死んでいてもーのALIVEではないーの意味。

すべて端から端まで隙なく、意味があってやっていることだと理屈ではわかっても、大袈裟に言えば、旧知の人や好きな女の子が殺されるってことを僅かだが疑似体験させられてしまった気分になったのが、たとえ百分の一だとしても、痛かった。

過去作を死んだっていうか・・・あぁLIVEじゃない、て意味か と「置き換え」の正解に至るまでに浮かぶ単語がまぁ不穏。

と愚痴をこぼしても仕方ないので、続きを書いて終わりたい。


水野楼良の経歴は
アントワネットだオーロラだと「つくり話」じみた事が語られ、確かに女子大に通う女子大生だが、どこに住んでいて兄弟姉妹はいるのか親はいるのか、経歴としてもある意味「真っ白」の白紙に近い。

「駅から5分」は雛が水野に目をつけ(気に入ってるの)と「花に染む」にまで召喚することになる本編だ。
礼節にこだわり、派手な見かけによらぬ行儀の良さを気に入ったように描かれるが、肝心なのは読者モデルに勧誘されたが、スカウトマンの名刺を一瞥もせずに捨てたところだ。
一顧だにせず「魔がささない」女子大生。これが水野楼良の強さ。

職業スカウトマンには申し訳ないが。甘い言葉に誘惑されない、揺れない、天秤にもかけない。
過去に「魔がさした」少年と少女の片割れが、礼節だフェアだとこだわった時に、強く惹かれたのは、染まらぬ白さ。

水野がやると言ったら、魔がさした時ではなく「あくどい手を使っても」と公言する。

巫女の覚子ちゃんが樹の影から入谷の涙を見て、(弱い人が好きだ)と言っていた自分の言葉と響き合わせる場面と、雛がスカウトマンの名刺を捨てる水野に「一気に嫌悪感を消し去る」場面が重なっている。

「駅から5分」の文庫版は、まだ電子書籍になっていないので、僕は未読です。
だが書き下ろしがあるというので、情報を拾いにまたどーしようもない場所へ行き、余計な知恵を授けられた。

水野楼良のおまけ漫画が4ページで、夢か、現実かと、グダグダ話しているのを掲示板で読んだ。
ビニール袋が目立って、妙にリアルに描かれていたというのを読み、ぐぇ・・・と吐きたいような気分になった。

その時はもう水野楼良のモデル・・・似ても似つかないが・・・一応はモデルになった女性がどのような窒息をさせられたか知っていたから。
スーパーやコンビニのレジ袋を持っていて、それを絵でリアルに描いて、階段の上で圓城陽大と対峙させる。
この意味が通じていない人は、夢だ現実だとワイワイやっている。

その方が幸せだろう。

「駅から5分」で花壇の花を根こそぎ毟った犯人は出てこない。
「花に染む」でも陽大は待ち伏せするのに出くわさない。

生徒会の女の子たちには任せられないと言って男一人で待つが現れない。そこから「不在」で何かを描くのだと、このブログで記事をだらだらと書きはじめた。あるいは「不在」こそを描きたいのだと。

ここからは「駅から5分」のエンディング。風船だ。

見立て絵というのは、たとえば華奢な美女が橋の欄干に立ち、笛を持っていたら、それは「牛若丸」の見立て絵。
米俵に乗っていれば若くて美人でも大黒天。釣竿を持っていれば恵比寿さま、と誰もが知っているようなポピュラーなネタを、まったく別人でコスプレさせるような絵で、要するにパロディーだ。

「花に染む」が終わると、いなくなるのは花乃だ。
黒が、真っ白い水野に白くされ、漆黒の雛も白無垢に反転し、陽大も図形として陰陽の「陽」白に戻る。
黒い碁石が一つ手の中に残る・・・と思った時に、これまたふざけた話で、オセロゲームになる。

「反転」黒が裏返ると白くなるのは、そういうことだ。

トランプと花札のルールを混ぜ、碁石にはオセロの反転を絡める。
そうしないとグロい話がグロいままになる。

半分しか気づかないと、風船はヤマタノオロチの首が入っていることになるからだ。

スーパーのレジ袋を、今時「ビニール袋」だなんて書くバカ女がいなきゃ気づかなかった。
風船はいわばゴム袋だ、ビニールみたいなもんだ、と。

ルパン三世のクローンが死刑台に登る映画の冒頭は、ルパンが十三階段を登る。
圓城陽大と水野楼良が階段で、上り降りの描写が多いのも、十三階段に、誰か男を連れて行くということかと思える。

主役の圓城陽大にスポットをあてたと作者が言うのは、演じる相手、共演女優によって役柄が変わる俳優としてみれば、
花乃はコノハナサクヤ姫、水野楼良は白い手のイゾルデ、雛は天照大神、
陽大が、ニニギノミコト、悲しみの子トリスタン、スサノオノミコト

天孫ニニギは遠征した話も見かけたが、武勇の人ではない。思いつくのは結婚と別居の大騒動と、豊穣の神様だ。
対して、トリスタンとスサノオノミコトには共通する武勇がある。

すなわちバケモノ退治だ。

花乃が「駅から5分」に登場できないのは、黒であり、ニニギノミコトと対のお姫様だから。
復讐劇には無縁の姫で、恋と結婚のシンボル、黒が白くなるまでの主演女優。
黒に白が圧勝したところで、白の三人が「駅から5分」へ戻る。

バケモノ退治が本業の男だけ戻る、図だ。8巻の表紙が二人に見える理由も、「駅から5分」には雛と水野の「対」の男だけが戻るという理詰め。

ヤマタノオロチは山ほどの巨大なバケモノだから首は高い位置にある。その高い樹にある風船を長い弓でとってやる圓城陽大は、子供相手なのに笑顔一つ浮かべない厳しい表情、だからオロチの首かと、ここまでが半分。

昨年の大河ドラマ「真田丸」で、真田信繁が淀君に言うセリフが頭に残った。
息子・秀頼と二人で大阪城を枕に自死するという淀君に、そのあと三条河原に首が晒されることまで、ちゃんと想像してそれを言っているのか、という趣旨のセリフだ。
実父も実兄も惨たらしい「死後」があった淀君に、ドクロ盃にされた父や野ざらしにされた兄を思い出させる恐ろしいセリフだ。
震え上がって弱気になっている雇用主を、もっと恐い記憶で奮い立たせようとする。
安土桃山時代のシナリオを書いて、浅井万福丸から目を背けなかった、逃げなかった脚本家に僕は心から敬意を贈る。

水野楼良の「観念上」の仇討ち・見立て絵も、そう読めばそのように見えるところまで描かれていた。
想像はしなさい、そこまで。

しかし水野楼良のエピソードは、無視されるより怒られた方がいいという「千花ちゃん」の焼き直し。
好きの反対は嫌いではなく無関心、というもの。

成敗する、復讐する、それは反転にならないと翻訳できる。
無関心にはなれないが、遺族が真実望むのは、ただ無かったことにしたい、すべてを白紙に戻したい、だけだ。
そうできないから償えと思い続けるが、その思い続ける日々こそなかったことにしてあげたい。たとえ「そらごと」であってもだ。

千花ちゃんは

水晶が消えることによって 死に追いやりたかったのは「お母さん」ではなくて
その「病」の方だったのではないかって

という。

夏祭りの浴衣姿で笑っていたのが最後の写真だったのを、丹野さんが泣いている絵にするのは「反転」
雛が携帯ストラップにつけていた勾玉が、陽大の数珠に移動しているのも、男女の「反転」
入谷が救われて流した涙を、少女に見られたと思うが、実際には見られていないのは、おそらく「なかったこと」と同じ。

巫女の鑑、覚子ちゃんと陽大だけが知っていればいいこと。

保田るりちゃんが育っていくこれからの未来には、ただ空気しか入っていない風船と、私は幸せなんだぁ、という初恋が残る。
小さなスサノオノミコトに見えた藤巻まぁくんは、チャキポンでもダメと風船をもらえない。
それは退治する必要のなくなった世界、仮想世界だ。

最終話、雛も水野楼良も姿がなく、「花に染む」がまるでなかったことのようになるのは、
作者が死に追いやりたかったのは 犯人ではなく
その犯罪「被害」の方だったのではないかと 僕は書き換える。

Xー「花に染む」射法八節になぞらえられたメインエピソードは笛木家。

笛木さんの母親が、財布を拾ってもらった謝礼としても、三人分・三冊ためてきた「ポイントカード」は渡せないと言う。
彼女の子供は女二人・男一人の三人。
陽大・陽向・雛の反転。男の子一人が目立たぬように描かれているのも、雛のことははっきり描かないルールに添う。あるいは陽向か。

母親は目立たないその子も含めて、誰も「いない子のように扱う」ことはしない。

母親の正義。ーX

「花に染む」射法八節になぞらえられたメインエピソードは笛木家。

笛木さんの母親が、財布を拾ってもらった謝礼としても、三人分・三冊ためてきた「花染銀座のポイントシール」は渡せないと言う。
彼女の子供は女三人。
「花に染む」花乃・楼良・雛の三人立ち。

母親はどの花も大切で、大事なカード類より、ポイントシールと言い切る。

母の正義。

・・・あげく
「肩パットは外せるの・ちょっと印象変わるんで・2パターン楽しめるのね」だそう。
・・・2パターン。
ちゃんと読もうよ、俺。この単純明快なアナウンスを・・・。

最終話、それまで前面に出ることのなかった圓城陽大が主役のようにクローズアップされるのは、「花に染む」を経て最終話で花乃と「対」になった彼が(大前)に立ち「駅から5分」という仮想世界を守る神様のような姿で戻った置き換え反転になる。

花乃が「陽大ごと守りたい」と言っていたのは、水野や雛が登場し、陽大が主役のような「駅から5分」そのものか? と思えてくる。
母親の正義が、無法者に犯されない平和な花染町そのもの。

好きの反対は嫌いではなく無関心。

事務作業で使う修正液「ホワイト」という液体は漫画家の必須アイテムだ。
10年の月日をかけて、花壇荒らしの犯人を「いない子のように扱う」
それが子供にとってはどれほど残酷なことかを別の視点から描いた上で、あえて無視するのだと碁石を転がす。

ローリングストーンズの Paint It Black(黒く塗れ!)の反転。白く塗りつぶせ。

水晶のかわりに犯人を消し去る。ガラス玉のような瞳で、そこにいないように視る。
描くに値せず、という無言のメッセージを貫くために、ガラスや鏡を選ぶ。
作者のペンは彼らを「映さない」

三人の男の生も死も、描くに値せず。


後日訂正とあとがき

#14 笛木家のエピソードについて

コメント欄にて、子供3人の名前は「友子・愛子・博子」と女姉妹3人というご指摘をいただきました。
それであれば作者が「3人」から連想・関連づけて読んでほしいのは、女性3人の三位一体「花乃・雛・楼良」
すなわち3人の女性にわけて描いた被害者そのものか・・・とパラパラと見直したところ、
未子は目立たぬようにというよりは姉二人とは印象の違う男の子っぽい服装、元気なノリ「きゃわーい」とか、神社の前でしゃがみ込みとか、少しワガママ・奔放に描かれていました。

僕にはこれが、空気を読まない・陽性・水野楼良に見えましたが、花乃の特徴も「男っぽい」なので、どれが誰とはなかなか強弁できないですね。
そのあたりはまたご自身の感性で(むしろ誰某に見える〜)と読み直す楽しみであるかも知れません。

ただ僕のように絵ばかり見る読者には、どうせ間違えるなら A:表 よりは B:裏 を連想しろ、も含めてこういう絵「女・女・男」の反転に見える姉妹にしたのかな、とも無理に言えなくもないですが、もうそのあたりはこの作者の「深慮遠謀」は判断がつきません。
花乃の A:表を連想したところで「男・男・女」の反転ですし(苦)
素直に女子「3人」がシンプルで良さそうです。

他に見直しで見つけた点がいくつか。

ポイントカードではなく「ポイントシール」でした。クレジットカードと混同していました。
先に拝まないと神様に失礼・「花柄」リュックなど、まさに花染・銀座にふさわしいオンパレードでした。

また重要な点で、ブティックで試着した場面に「肩パットは外せて・2パターン楽しめるのね」という特大アナウンスがあったのですね・・・。
これを僕がいくえみ綾の「唯一無二」とさっさと繋げていれば、こんなに無駄な月日を過ごさずに済んだのに。

「肩パットお見それだわぁ」

もぅそのまんまです(笑)

あと一つは未読の「文庫版」で櫻井が雛にソデにされるセリフは「それはない」だそうで。

雛と陽大の顔がそっくりなのは思考回路や言動が似ている「絵」をあらためて見せる加筆エピソードかと思っていましたが、しっかり「笛木家」も指していた。もう一度

「肩パットお見それだわぁ」

このエピソードをしっかり見ていれば、最初の記事は「おしかけ彼女は接着剤」か「おしかけ彼女は肩パット」にできたのに。ち。


あとがき的に、書くべきか迷った点でしたが、ついでに。

A・B・C とあっさり3分割した後で、僕が主観として感じたのは、この「花染町」の構想は水野楼良から、彼女を起点としてはじめられたのだろうということでした。

生い立ちや経歴としては白紙に近いが、母親しか「登場」せず、母はマリー・アントワネットだと強調される女子大生。
端的に。ギロチンで首を落とされた女王。

そこからマリー・アントワネットが「仏国」王妃であったことや、肉付けがはじまる。

マリー・アントワネットが言い放ったとされた「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」これも嘘。

有名な話なのでご存知の方はとっくにご存知と思いますが、彼女が処刑された原因はその「嘘」だけが理由でないにしろ、革命側のアジテーターが民衆の怒りに、火に油を注ぐ形で吹き込んだのが、このパンがなければ・・・話。

あの女なら言いそうだと民衆に信じられてしまう時点で、彼女の敗北はとうに決まっていた、のだとは思います。

だが僕はこの嘘を、正義だとは思わない。
ごく若い頃にこの事実を知った時には、どっかに頭のいい悪いやつがいたもんだ、と笑って感心したものでした。
まぁ、ナイス・アジテーション・いいね!とボタンを押した瞬間はあった。

しかし年をとるにつれ、嫌悪感の方が勝った。
結果は変わらない。革命はあった。今のフランスも好きな国の上位にあります。過程としてその嘘・扇動があった方が、革命の嵐は少し短く済んだかもしれない。戦略としては正負の「正」かもしれない。

でも生理的に気持ち悪い。嘘は、嘘だ。
歴史的には正義だったとされるフランス革命に、冤罪を含めた。負の遺産だ。

そして僕は後に思うようになった。その見事なアジテーションを自身の脳の中で思いついた男・・・いや男ではないかも知れないが・・・その人間、その人間の名前は歴史に残っていない。しかしマリー・アントワネットが愚かだったことも含めて、悲劇の王妃であったことは、仏国が地球上にあるかぎり永遠に残る。それがすべてだと。

まぁよくわからない自分だけの(ざまあみろ)ですね。日陰者は所詮、日陰者よ、という。越後屋モード入った、暗い笑い。

「花に染む」は炎が悲劇のはじまりとなっている、それは嘘が「真っ赤な嘘」と言われる「嘘」の暗示なのでしょう。

陰陽で白と黒が基調とされ、碁石が見え、しかし単語カードでカード遊び、トランプの赤札・黒札も連想させる。
我が邦では、赤も黒も嘘や腹黒さの象徴表現だったんですね・・・今頃、気づくなだけど。
しかしトランプが渡来すると花札がつくられる。
絵歴に合わせて12ヶ月、12枚4組のカラフルな絵札だけの数字が表に出ない札遊びになる。

物語も、僕の推測重ねも、最後には水野楼良の白が、真っ赤な嘘も紅蓮の炎も漆黒の嘘も白く染め上げる。

だから僕には、どこにも描かれていない D:物語 もある。

水野楼良さん、卑怯な嘘に負けたマリー・アントワネットの「冤罪」の仇を討ってくれてありがとう。

マリー・アントワネットの娘だから、穢らわしい嘘はつけない。
作者がそこまで意識して設定したのか、何しろ「深慮遠謀」が計り知れないので、なんとも言えませんが、意図したものであれ偶然であれ、偶然、都合が良かったであれ、いずれにしろ僕は母の教義が守られた D:物語 C:物語 に出会えて良かったと思うことにした。

・・・いや、書きながら気づいた。
友子、愛子、博子って、笛木家・三姉妹の名が「自由・平等・博愛」もしくは「友愛」を指してるじゃん(笑)
どこまで計算は続くんだ。相対性理論かよっ!

後日、身内からアントワネットの話なら、それは「首飾り事件」の方だろうとキッツイ指摘をいただきました。
アントワネットの名で買われるはずだった高価な首飾りが忽然と消えた「詐欺事件」があり、裁判ではロアン枢機卿が無罪になったと。
「ベルばら」にも出てきた女山師ジャンヌの話でした・・・えぇと池田理代子さん、当時から斜め読みですみません。
教えてくれた人、どこまでもズレてるズレノくんですみませんね。
水野楼良のアクセサリー好きは、そういう設定だったのか・・・そこが保田るりちゃんが母親のアクセサリーケースの中にある首飾りを気持ち悪がる描写につながるんですね。なるほど。

「首飾り、お見それだわぁ」

と、気をとりなおし。

「駅から5分」は、そのまま眺めればニュートラルな群像劇だが、「花に染む」へ進むとギアが入り、結末で急展開スピンして、それぞれの「駅から5分」に戻ってくる。

もともとの「駅から5分」が大好きだった読者としては、安い短慮・浅知恵で、男女の性差ばかり強調している「花に染む」は間違いなくヒットする。さすれば絶版になった「駅から5分」も見直される、ひいては「千花ちゃん」が電子書籍化されるだろう! やったね。と沢田くん以下のペラいシナリオで動き出し、思いきり釣り上げられた魚はお前だよっ ということになり、大事だったニュートラルな「駅から5分」を失う羽目になりました。

とすると、僕のブログ記事を読んだ人は僕の当て逃げ事故の犠牲者かも知れない。多かれ少なかれ。

B:C:物語の結論は、とんでもなくなくロマンティストで、とんでもなくひねくれた僕という厄介な人間の見立てに過ぎません。

僕にとっては、千花ちゃんがまた裏で縁の下の力持ちとして大活躍していたという感もあって、最初は受けたショックを覆す甲斐はありました。

それから「駅から5分」ではカッコいいお姉さんだった雛が、「花に染む」では弟の弓に触れて泣いている湿った「演歌女」になってるのが気に入らねぇ、もリベンジできた。

えぇと・・・演歌は苦手だと言いつつ美空ひばりファンで猫に「お嬢」と名付けたバカなので、演歌を超えてひばりになってくれて、ありがとう。

作者も自称する「ひねくれ者」の一端、例。

獣医に「お嬢」ですかと目で笑われたら、妙に照れて「矢吹ジョーです。メスなんで、お嬢」くらいの嘘は平気でシレッとつきます。
「明日のジョー」は名作っすよねぇと。

皆さまもひねくれ者と、照れ屋の嘘には、ご用心あれ。

そういえば矢吹丈も「まっ白に燃え尽きた」あと「おまえは試合には負けたが、ケンカには勝ったんだ」というラストがあったとかなかったとか。
このブログでも誰かが「花乃の名前」という記事で似たようなこと書いてたなぁ。
少年老いてなおジョーの世界を漂流す。
学はなりがたくとも、夢は永遠だねぇ。

それでは、くらもちふさこファンの皆さまご機嫌よう。さようなら。

雛

やっぱり、これじゃないかなぁ・・・と思う「史上最悪の良い子」

雛が陽向に「正しい答え」はそれなら一緒にチーム組むか、だよという場面。
雛は、陽向と陽大と3人で、なんて言わないで
陽向と一緒にチーム組みたいって言えば良かったんだ。
それならいくら鈍い男でも、俺ぇ? 俺でいいの? となる。

弟の名前を混ぜるから紛らわしい。許嫁だからそれでいいと十分だと思ってた温厚な陽向が
え、僕ですか、むしろ僕が好きですかと「恋」にひっくり返せる大チャンスを雛は「良い子」で逃してしまった。

最終話の「親友っていったら昔 笑ってくれた」という陽大のセリフは
なんというか・・・唐突感とか蛇足感とか、なきにしもあらずだったのだが
それを僕は無駄な感受性で水野に君こそ親友だって言ってやりたいんじゃね? と無理くり解釈してきたが

雛も陽大もここぞという肝心なときに「紛らわしいこと言っちゃった」合わせ札として
「親友」と「3人でチーム組みたい」を強調するなら、最終話でわざわざそれを指す意味が深まるんだよな・・・。

花乃は「親友」を気に入り、雛は「正しい答えじゃない」と怒った、と対比が浮き彫りになるので。

馬上のシーンも同じく
陽大の好物なんぞ おみやに買わないで 陽向の好きなもの買ってきた、余ったら食わせてやれ
それが最悪の姐御だが、わかりやすい。
で、実際にクソジジイな氏子総代は、そういうタイプの大人だ。

弟には土産一つもってこない。

雛は言い聞かされている世界がキモい ヘンな家 不平等よくないと腹の底では感じてるから、仇と同じようにアンフェアになれず陽大の好物を選んでしまう良い子なんだろうな、と。

しかし水野は要らんもんは要らんとスカウトの名刺をあっさり捨てるようなキッパリわかりやすい女子だから、惹かれる。

陽向も花乃と同じく、びっくり驚かせて、喜ばせて「恋」にひっくり返せたはずだった、と。
今日たまたま「ひな祭り」で記事として見たのだが、陰陽道では奇数は「陽の数」だそうで。
奇数が重なる三月三日には邪気払いの行事が行われていた、桃は魔除け・厄除けの果物だと晴明神社が載せていました。

雛が三人目の女の子を召喚したのも、奇数3重ねで対の物語が描かれたのも、こんな故事から来ていたのかも知れませんね。

桃の節句。
全国のちびっこ雛たち、健やかにしなやかに育ちゆけよ。
できればその多くは千花ちゃんのような女の子に育ってくれるとなおありがたし。(世迷言)

おわり。

『そして「駅から5分」の結末を裏返す』へのコメント

  1. 名前:nori 投稿日:2017/02/26(日) 04:59:25 ID:974ff5486 返信

    はじめまして。
    なぜか、「駅から5分」の単行本も文庫本も持っています。
    episode14をくまなく見てみたんですが、最後のほうに子どもたちの名前が、友子、愛子、博子とありました。末っ子の服装が男の子っぽいので、意味的には、女、女、男と考えればよいのかと思いましたが、少し気になってお邪魔しました。失礼いたしました。

  2. 名前: 投稿日:2017/02/26(日) 20:05:55 ID:68c311b8d 返信

    ご指摘ありがとうございました!
    読み直しなく書いてホラ吹きになるとこでした。
    肩パットの話が「2パターン」楽しめると書かれていたのにも気づき、愕然として加筆・修正しました。
    「友子・愛子・博子」はフランス革命の「自由・平等・博愛 OR 友愛」から命名されていると気づき、水野楼良をはずしてはいけませんでした・・・^^;

    • 名前:nori 投稿日:2017/02/28(火) 05:26:25 ID:42ec21636 返信

      いろいろとありがとうございました。
      とても感謝しています。以前読んだ本というのは、読み返してみると、ほとんど忘れてしまっている事に気付きます。本当にありがとうございました。

      • 名前: 投稿日:2017/02/28(火) 15:45:45 ID:2ea488413 返信

        忘れてますね。僕は買ったこと自体忘れて「駅から5分」を紙版と電子と2セット持ちでした・・・α(アルファ)という作品も借りて読んだのを忘れたうえ2セットあり・・・
        でもくらもちふさこファンの方にもらった感謝状は心の額縁に飾って忘れないと思います。最後までおつきあいくださり、ありがとうございました。

  3. 名前: 投稿日:2017/02/28(火) 15:38:11 ID:2ea488413 返信

    後日、マリーアントワネットの冤罪なら「首飾り事件」の方が有名で重要とご指摘をいただきました。水野楼良は実は「ベルばら」のロザリーの生まれ変わりだったりするのか・・・それはともかく加筆しました。

  4. 名前:クータン 投稿日:2017/03/01(水) 19:02:44 ID:e86989b9a 返信

    いつも鋭い考察ありがとうございます。
    もうくらもち作品ネタはお終いかなと覚悟してたので、また読めてうれしいです。
    楽しそうなので私もアナグラムっぽいものを「駅から」の「冬柴佐和」で頑張って考えてみました。
    冬柴、漢字を分解したら「柊」(比々羅木)っぽい印象?
    佐和、「佐々木和」を略したみたいな名前?
    …そ、それだけです。だからなんやねんとつっこまないでくださいね。

    それと花壇の犯人ですが、駅からの文庫の描き下ろしで明らかになってますよ。
    私の推理では、犯人は千場くんとわんこ達でしたがハズれました。
    ちょっとじわっとくる話でした。

  5. 名前: 投稿日:2017/03/02(木) 02:39:52 ID:9026084e6 返信

    おぉ「冬柴佐和」アナグラム。
    アナグラム、僕ぁ不得意なのでヒイラギ神社っぽいとか佐々木さんと被るとかなるほどーです。
    なんつーか枠組み、障子の桟(サン)みたいなことは書きましたが、個々のエピソードについては深掘りしてなくて、「障子紙」の方については僕あんまり書いてないんですよね。
    で、冬柴佐和と先輩声優さんの話がいちばんむずかしいというか、わかってないんですよね(汗)
    あれがわかったら面白いだろうと、あれ結構、書いた側は重要度高いんじゃないかと思うんですけど無理っ

    花壇の犯人、加筆があったという話。それで下巻か2巻?だけ読みたい気はしてるんですけど、電子化はないのかなぁ。最終話も8巻に収まってるし、出るとしたら忘れた遠い先の話なんだろうか・・・そのうち、じわりたい気分になったら読みましょうかねー。

    櫻井ふられるんですよねー(←そこはヨシとしろ)

  6. 名前: 投稿日:2017/03/02(木) 02:43:58 ID:9026084e6 返信

    あ。最後の最後のくらもち作品ネタ。
    天然コケッコーを2巻まで読み返したとき、わりと「おばけたんご」読んで忘れてなかったので、あの可愛い「さっちゃん」いちばん小さい女の子が、たんごに似て見えて(たんごは頭の形わるいけど、さっちゃんと顔のパーツは似てて)あー可愛い子供を書くときは、たんご顔なんだ、と思ったのが、個人的じわりきましたー。

  7. 名前:クータン 投稿日:2017/03/03(金) 12:25:09 ID:04dc98f4f 返信

    冬柴ネタに温かい反応うれしいです。
    枠組みを発見できて花染シリーズをより一層楽しめる億さんが羨ましい。
    どうか億さん、いつか冬柴と声優さんの考察もやってみてくださいね!(そのうち、気が向いた時にでも)
    声優の外山りおが保田るりちゃんにアニメの声を届けたシーンですが、これ楼良が花乃に陽大の想いを届けた事となんか似てるなあと思ってます。声優さんのシルエットはまんま花乃なのに変なんですけど。

    櫻井への「それはない」は完全に櫻井は無理ってことなのか、雛さんの照れ隠し(ツン?)かよくわからなかったです。
    それともくらもちさんは、「櫻井がんばれば雛さんとうまくいくかも」と少し期待してる読者(私)に「それはない」と釘を刺したかったんでしょうかね。

  8. 名前: 投稿日:2017/03/03(金) 20:54:40 ID:aed06a773 返信

    横溝正史の「金田一耕助」映画で、途中で早合点して「わかった!」とかやたら大声で叫ぶ巡査が出てくるんですが、あれみたいだったな・・・と後から自分で思いました。
    名優さんなんだけど、滑稽かつ不正解フラグな人。まぁでもいなきゃいけない役なのよ、あの巡査・・と自分を慰めてますが。ナビなしだと自宅に帰れない方向音痴でね、僕は。

    あ、外山りおさんのエピソード。僕は途中で保田るりちゃんは花乃・みたいな不正解をどこかに載せちゃってるんですが、あれ水野楼良ですよね。たぶん。
    首飾り事件とか、ピストルでビビるとか、水野さんと結びつくような暗示がいろいろ。で、だから風船とってあげてもニコリともしないんじゃないすかね。一応「保つ」は失恋組の代表格ってことで、新保さんか水野楼良か・・・もぅ頭ぐちゃぐちゃですけども。

    冬柴は陽大であり陽向であり、で、ヒイラギなんですかね。オンリーワンのキャラもってていいよなーとかは、一人三役こなす古典パロディの陽大の愚痴みたいな感じもしますけど、あれ単品でも面白い話すぎてほんっとわからない(笑)

    櫻井は神社の婿になりたいなら、まず蓮て名前捨てろと思いますけど、懲りずへこたれず悪くない男じゃないかなーってのは雛には通用しないんですかね。
    飯がまずくなるっていうのは致命傷だけど、それなら飯つくる係になって、つくるものは美味しいのね戦法で・・・料理教室へ行け。

    僕からできる櫻井へのアドバイスは・・やはりちょっとズレている。
    いい子いい子って、抱きしめて殴られろ。それに尽きる。←これもきっと違う。

  9. 名前: 投稿日:2017/03/03(金) 20:57:21 ID:aed06a773 返信

    ひな祭りに、最後のあがきをちょろっと加筆しました。

  10. 名前:miso 投稿日:2017/03/03(金) 23:10:59 ID:1a513d1e5 返信

    個人的な意見ですけど、桜井と雛さんは出会った時が明確なので羨ましいです。なんとなくわかるんですけどね。始まったときがわかってるから、雛さん余裕で接してるんだと思いますよ。時間の問題という気もしますが…

  11. 名前:miso 投稿日:2017/03/04(土) 10:30:10 ID:151280ec9 返信

    こんにちわ。
    雛さんは、結構、お父さんの事を大事に思っているのではないでしょうか。父一人娘一人の時間が長かったから。櫻井さんの気持ちを、お父さんを不快にさせず、手に取るように示せば、いい方向に行くかもしれませんね。
    長い間、このブログの読者でいながらこういう話もどうかと思いますが、ある雑誌で以前‘インターネットの中には何もなかったと’いう事が書いてある記事が、見開きのページで書いてあったのを、この間思い出しました。そうとばかりは言えませんが、それもそうだなと思う今日この頃です。
    あと、個人的な嗜好の話で大変恐縮なのですが、私は小林克也の事が大好きです。
    長文にて失礼いたしました。

    • 名前: 投稿日:2017/03/04(土) 17:08:00 ID:df086049c 返信

      雛・父は、がんばれるって言ってる時点でダメだよとか、まともな大人でいいですよね。
      最近・・・でもないか、僕の同級生の既婚者はほとんど奥さんちのそばに棲んでます。
      なので地元には女性がほぼ残ってて、男子は全部出払ってて。
      それが気楽でいいなぁと思って。
       
       
      インターネットの中には何もなかった・いつ頃の記事か存じ上げませんが、ほぼ同感。
      蜘蛛の巣にたとえられる世界ですが、僕にとっては川ですかねぇ・・・
      世界各地に山はあって、地下水が湧き水になって流れ出す川は無数にあるんですけど
      川イコール清涼とは限らんですし、水イコール恵みでもないかと。
      腹を下す水は飲むな、足洗うだけにしろ、だし
      川に砂金なんぞ、探しても見つかる確率からいえば「何もない」と同義かと。
       
       
      あー僕は喋りながら別のこと考えてるクチなので・・・
      アウトプットしたのは花染町だらけですが、頭はずっと他の作品のことばかり占めてました(苦笑)
      アイルランドを舞台にした90年代に売れた小説のことばかり。
      もちろん触発されて思い出して、ですけども。
       

      で、90年代のサイトでは、その作品をみんなで、あれはいいよな、あれはいいと賑やかにやってた環境が懐かしくて。
      今じゃその作品、買えないんですよ。不倫が載ってる=ダメ本で。
      だったら「八日目の蝉」も「紙の月」もだめかよ、そーじゃねぇだろって思うんだけど
      不倫ダメっていう小学生でも言えるような正論で文化廃れる場所、つまらんです。

      あ・・・なんか石田純一の二の舞になる。やべぇ(笑)
       
       
      というわけで、長くなりましたが、川の水は冷たくてうまいよとシンプルに言えなくなった。
      しょーがないので、冷たい川の水で冷やしたコーラは美味しいぜ、と笑って言います。
      事実だけ、回りくどく、誰にも攻撃されないように。虚しいですね。川のcokeはマジうまいんですけどっ
       
       
      小林克也、なんで? と思いましたがMTVですねー。
      お世話になりました。運んできてくれるものが楽しかったですね。
      フロンティアがいてくれるから、生活が豊かになる。かげがえのない方です。

  12. 名前: 投稿日:2017/03/04(土) 16:56:38 ID:df086049c 返信

    (1)櫻井話に便乗し、ちょっとマジ加筆させていただきます。

    文庫版は未読なのでそこは何ともですが
    本編でも櫻井は「無視されるよりは怒られた方がマシ」「スルーより冷たくあしらわれる方が」と
    「駅から5分」の水野楼良と陽大の弓勝負後のエピソードを何度も想起させるように配置された役どころです。
    しかも「目の焦点合ってなかったよ」まで言われてました。

    雛さんのそばには異性が少ないので、櫻井がしつこく食い下がるのが「既視感」を誘うためには必須。
    あれ? 水野の話にかぶるね・・・と、ひいては「千花ちゃんちはふつう」の千花ちゃんみたいだね、と。

    そう。櫻井はあんなやつなのに、「千花ちゃん」を担ってんですよ(苦笑)

    記事が長くなるため省略しましたが、僕がパロディーだと気づいた「千花ちゃんちはふつう」には、読み直すと
    「やっと」という言葉も「お戯れが過ぎる」というセリフもありませんでした。

    ですから最終話に加筆された水野の(やっと)というのは完全に「駅から5分」を指しています。
    三位一体で陽大の役に立てば、今度こそ本気で自分を「見て」くれるかもという意志がまだ残っている。

    その上で流鏑馬見学にも行っていると「直した」
    水野まだまだやる気・説を強化したのかも知れない(笑)

    ただ陽大が花乃以外の女子にほとんど興味がないことも、振り向かないだろうことも、読者はとっくに理解しているので、これが水野ストーカーみたい・・・を強化したいわけじゃないのは、さすがにスルーでいいですよね。

  13. 名前: 投稿日:2017/03/04(土) 16:57:55 ID:df086049c 返信

    (2)続き

    「千花ちゃん」を久しぶりに再読したときは、「やっと」も「お戯れが過ぎる」も出てこないので、また自分の勘違いだったかなと思いました。しかしやっとカイの役に立てると千花ちゃんが鹿野家の敷地を駆け抜けるシーンは濃密で、作者がインタビューで話したという「怒り」と「無視」がセットなのだと気づくことになりました。

    千花ちゃんは二度、兄のカイの役に立っています。二度、利用されたでもいい。
    一度は鹿野家の敷地へ入らせるため、二度目はオークションで確実に勝つために、いったんは拒否した貯金を借ります。

    千花ちゃん本編には「やっと」というセリフがないにも関わらず、やっとぉ?? とパロディーに気付いた僕は、作者の自負心の重みを、ズシッと感じました。
    「DIOの肉の芽」みたいに、読者の記憶に植え付けた自信がある。過去作品にそれだけの自負がある、と。

    しかし僕はズレている。
    作者がエゴサーチしなそうな人で良かった・・・
    僕が逆の立場なら、この男はっ はっきり書いてないことは勘でスルスル言い当てるくせに、しっかり書いたことは全部、読み飛ばしやがって!・・・と胃潰瘍になりそうだ。

    二度、千の花と書く千(花)ちゃん、鹿野(カノ)是高。

    「鹿野さんが好きなのはあたしじゃなくてお兄ちゃん」

    ・・・・・。

    せっかくの「肉の芽」もヌケサクなスタンド使いですみませんね・・・なんか。
    漫画ばかり読んでないで、漢字ドリルでも注文した方がいいんですかね・・・
    「お戯れが過ぎる」秀逸なセリフだと思います。

  14. 名前:miso 投稿日:2017/03/06(月) 05:01:56 ID:e5cecf724 返信

    おはようございます。
    「千花ちゃん」を読んでないので、よくわからないのですが、ある雑誌で‘インターネットの中には何もなかった’と書いた人と、同じ誌面で「駅から5分」について書いた人が同じなんじゃないかと思ったんですが、勘違いかもしれないですね。
    何もないなら、もう考えなくていいのかと思いました。でも、このやり方ちょっと間違ってませんか?風船の中身も違うと思いますよ。
    それで、雛と水野はお飾りで、入谷が本命なのかなとも思いますが、よくわかりません。
    もしそうなら、それが一番いいのかもしれませんが、明日、確認できそうな事は確認してみます。

  15. 名前: 投稿日:2017/03/06(月) 08:01:38 ID:f2ef9f3f7 返信

    「インターネットの中には何もなかった」
    記事ではなく、タイトルだけ読んだことがある気がするので、記事を読んだライターがまたWebで引用なりしてるものを見かけただけなのか。いずれ古い記憶なので、全部僕の思い違いあり得ます。
    とはいえ、「駅から5分」について雑誌で書いた人がいるとは知りませんでした。
    商業誌で書く人には、ある程度ベースとした内容を伝えてそうなので、いろいろ信憑性は増すかと思います。

    このやり方は間違ってませんか? はまだ間違いを発見できないため僕が現状、こう読めたを書いてしまってるわけですが、くつがえったら断然それは歓迎です。
    実際、人任せで納得のいく結論があればそれを読みたかった派なので、横溝正史の警官「わかった!」すぐ(違った!)に、なってもいい。

    風船の中身も、違う説はぜひ欲しいです。なんといって、山のような=高い樹 は見立てとして弱いし、風船=ビニール袋 も文庫版でおまけ漫画を見てないで、「袋がリアルに描かれてた」を伝聞で判断、どこもかしこも弱・弱・です。

    ん? あれ? 風船の中身が違うは、「空気」が違うんでしょうか・それとも前段階の「見立て」が違うんでしょうか。
    でもまぁ別のものが込められているなら、どっちも違う・という意味として、返信します。

    イリヤ本命は、間違いなく本命だと僕は思っていますが・・・。
    僕の読み方はともかく、遺されたのが、母親、母の姉(オバ)・恋人、ということなので、主役の「オバ」もわざわざ描かれたのだと思いますし、笛木母・イリヤ、笛木さん自身は、本命かと。

    という意味では、水野は別として「雛」は本命というかお飾りでない本丸と思っています。
    ご遺体の白無垢と驚くほどの嘘と重ねられたヒロインなので。

    その4者のうち作者の力点がどこにいちばん置かれたか、は僕にはわかりません。
    ただイリヤに対しては、この物語の設計やら構想やらを主役のセリフでやたらと何度も伝達しているので、イリヤ、キミにいちばん見て欲しかった はあるのかな、と思ったしだいです。

  16. 名前:miso 投稿日:2017/03/06(月) 15:17:44 ID:095c9ab67 返信

    こんにちわ。
    「駅から5分」の文庫本を持っているので、読み直したところ、‘はる風の誘惑’で気になる点がありました。構成は、やはり、水野楼良が起きている場面といねむりしている場面からなるんだと思いますが、起きている場面で、かっこちゃんが入れてくれたお茶に茶柱が立っていて、その事を楼良がうっかり口に出すと、かっこちゃんに、口外すると効力がなくなると諭されるところです。後半、居眠りしてるときに夢の中で陽大と歩くシーンになるんですが、陽大の下げているスーパーの袋はそれほどリアルではありませんが、大きさが微妙です。あと、手に持っているものも何なんだかよくわかりません。一見、ネギのように見えるんですが、もうちょっと長く、わりとしっかり包んであります。でも弓よりは全然短いです。「花に染む」の8巻を読んでいた時思ったんですが、陽大の横顔は邪悪だなあと…正面からはそうでもないんですが。
    ‘はる風の誘惑’では、陽大の横顔しかなく、持っているものは骨なのではないかと思いました。でも、その事を口外すると効力がなくなる。何の効力なのかはもう少し考えてみたいと思いました。長文にて失礼いたしました。

    • 名前: 投稿日:2017/03/06(月) 15:27:48 ID:f2ef9f3f7 返信

      ごめんなさい。邪悪に吹き出してしまった(笑)
      腹かかえてて、まともに思考できない・・・・・あとで仕事してから落ち着いて読もう・・・まだ笑いが止まらない・・・

  17. 名前:miso 投稿日:2017/03/06(月) 15:25:02 ID:095c9ab67 返信

    ひきつづきepisode14について、いくつか思った事があるので、何回かに分けてコメントします。
    素直に裏に込められた意味を読み取ると、お母さんは、もうマイホームの事なんか忘れている。3人の娘というのは、その時々の娘の姿で、その思い出の一つ一つは渡さないという事なんだと思います。
    その世界観で、風船に入っているものが何なのかと想うと、あとに遺したものをやさしく見つめる視線なのではないでしょうか。あるいは魂か。

    • 名前: 投稿日:2017/03/06(月) 15:44:35 ID:f2ef9f3f7 返信

      んー。吹き出した直後のわりに泣きそう(TーT
      こういうの待ってました。待ってたわけじゃないけど、届くと、これ待ってたんだと思うもの。

      お母さんはマイホームの事なんか忘れている。その通りでしたね、
      そんなことより譲れないものがあるってことなんすね・・・

  18. 名前:miso 投稿日:2017/03/06(月) 15:37:01 ID:095c9ab67 返信

    とにかく、いろんなものが描きこまれているんですが、くまの絵の財布には打ち出の小槌が付いています。お母さんの財布には付いているひもは魚に見えます。episode3のほうでは、あまり魚には見えません。財布のくまの絵はレールで描かれているようにも見えます。他にもさくらだの星だの、ベルだの。ダリアの字があったり、牛の字があったり。あと物産展のチラシにはカニの絵があります。
    個人的には、レール、星、牛、カニとくると、母が好きだった小川未明の童話集を思い出してしまいます。他にも気になる言葉がありますが、とりあえずこのへんで。

    • 名前: 投稿日:2017/03/06(月) 16:12:00 ID:f2ef9f3f7 返信

      まったく関係ないんですが、小川未明って僕らの母年代だとものっそポピュラーなんですかね。うちの母親も好きでした。というかね・・・
      寝る前のお話タイムで今日こそアンデルセンの人魚姫とやらを聞かせてくれって言ってんのに、なぜか「赤いろうそくと人魚」で、毎度毎度。
      喧嘩しまして。だからアンデルセンだって言ってんだろうと。
      だったら自分で読めと叱られて。
      そのせいでアンデルセンにはまったんですけど・・・無償では手に入らないもの、的な憧れで
      (なんなの、この愚痴)

  19. 名前: 投稿日:2017/03/06(月) 16:01:51 ID:f2ef9f3f7 返信

    まだ頭まとまってませんが、はる風の誘惑って4ページしかないと聴いたわりに、かっこちゃんが出てくるとか重要度高いじゃないすかね・・・
    陽大が持っているものは絵を見てないので指摘できることはないんですが

    階段の描写ってわりと重要なのかなと感じたんですよね
    フォークダンスを踊らない・踊るとか、舞踏・・・

    あと最初は水野と階段を上ってく足音に花乃がどーんと暗くなってるけど
    体育館? で、なりゆきから水野と二人で下りて行くシーン
    これで良かったか? と聴いて、良かったと返すところ

    上がるのはダメ、下がるのは良し、に思えるんですよね

    陽大の持ち物・・・見てないであれだけど・・・死神?を暗示させるもの?かなぁ・・・
    西洋のタロットカード、占い好きじゃないので詳しくないですが、あれって同じカードでも上を向いてるのと下を向いてるのと意味が違ったりすると、なんかで読んだ覚えがあるなぁって(たぶんジョジョだけど・・・)

  20. 名前: 投稿日:2017/03/06(月) 16:07:56 ID:f2ef9f3f7 返信

    冬柴・・・あれも気になるんだよなぁ・・・後から加筆された風船場面のセリフ。
    同じ世界の人間とは思えないって、最高のdisりかもしれない・・・

    同じ人間とは思えないって、犯人をまんま指してるようなセリフに置き換わるのか、置き換わらないのか。

    とりあえずエンディングに描かれた人・風船と一緒に描かれた人は重要なのかなと漠然と感じてたんですけど・・・何がどうとは言えない。

  21. 名前:miso 投稿日:2017/03/11(土) 08:54:16 ID:e3f9d379d 返信

    こんにちわ
    冬柴さん。冬の芝は枯れてますね。イケメンの登場人物にそれはないか…
    そのまま読むと、と・う・し・ば ですね。いろいろ連想する事はありますが、今回はこのへんで。

  22. 名前: 投稿日:2017/03/11(土) 12:46:08 ID:12558aa99 返信

    あー「柴ち」とか呼ばれてたな、と思うと花乃とは相性の悪そうな名前だなと気づきましたが。ハルでもなく、イリヤ「秋」でもなくと。

    てところで・・・外山りおさん、なんですね。りおさん、被害者と一字ずらしだったんですね。
    風船はなんでヤスダ電気で配られてるんだろうなと、こないだちょっと考えました、が、あれって外山りおさんの住まいで配られてるもの、という感覚なんですかね。

  23. 名前:Fugenzou 投稿日:2017/03/13(月) 01:24:04 ID:4863dc91c 返信

    こんにちは、声優さんのはなしを私は花乃の浪人時期と被るなと、思って読んでました。
    「チャキポン」のチャキ=幸(弓矢のこと)だと弓からも離れていた時期と被ります。
    声を届けた相手はるりちゃん(陽大)で、るりちゃんは外山りおの家から離れた風船を手に入れて幸せだという。風船は弓で捕まえられ渡されたはず。風船=花乃の心だと思ってました。
    この話の発想元は西行の「ほととぎす深き峰より出でにけり外山のすそに声のおちくる」だと思うので、「声」がキーワード何だと思います。

  24. 名前: 投稿日:2017/03/13(月) 10:54:41 ID:f670c2ccd 返信

    こんにちは。Fugenzouさんのコメントに促されて、まったく逆の思いつきをしてしまいました。
    このエピソードは「花に染む」感がすごい、と別記事には書いていて、とにかく誰が見ても「花に染む」になんか被ってるよね?を気づかせる要素は多い、と思っていました。

    で、Fugenzouさんに浪人時代や弓と離れていた時期と書かれて、すぐ京都編の陽大を連想しました。
    その上で西行の「外山のすそに声のおちくる」が意識されてるなら、自分が記事中に書いた京都で千場くんと話している声は誰の声? を強化するなと。

    雛を可愛かったんだ、というのは陽向の記憶だとは、どこにも書いてない。書いてないけど、オンリーワンがどうのとこだわる声優が出てきて、誰がどう見ても大人同士の男女のエピソードに絡めて、クラウド「雲」ともわざわざMAPに書かれて、何が伝えたいんだ? と思ってましたが

    花乃の浪人時代などは短く書かれてるんで、自分はすっかり忘れてたんですが、たしかに職に困ってる外山りおさんとおおいに被りますね。
    外山は入谷と対みたいに見える名前、も「リンク」に気づけ要素で、他の登場人物や「花に染む」とリンクしていることには気づきやすいけど、リンクに気づいたあとは、この話はリンクしすぎ・多すぎで、逆にわかりにくい、が本音でした。

    たぶん、花乃と陽大の話に見えて、また陽向と雛なのかな、と。
    ヤスダデンキの風船が保田るりちゃんの手に渡る、しかも仏頂面の陽大の弓で。
    絶妙だなと思ってたのが、弓で射ると割れてしまう風船のようなものを、長い竿のかわりに弓を使うだけで弓の役割はいらない、だから剣・見立てなの? が僕の途中のむりやり解釈でしたが

    風船、これ、名前だけならもともと「ヤスダ」るりちゃんのものじゃないのってところで、Fugenzouさんに「花乃の心」に見えたものは、きっとまた裏側に「雛の心」って書いてあるんだろう、と思いました。

    それだとこのエピソードの錯綜感はしっくりくるかなぁ・・・
    外山りおさんはどう見ても花乃そっくりなんだけど、花乃が泣くと、別の人が笑う、別人の隠した気持ちが見えてくる、そこに陽大のあの無愛想な顔と弓なら、風船は、陽向の気持ちか、雛の気持ちを、弟が返してやった場面になる。

    樹の影で、それは「正しい答えじゃない」と浮いていたもの
    陽向か、雛か、それをどちらとは書きませんが

    外山りおさんが、売れっ子の冬柴に感じはじめた劣等感のようなもの、雲の上の人、が陽向との関係・やりとり、弓の腕「レベルが違いすぎる」やファンの気持ちがわかる・・・が全部、不穏なものじゃなく、陽向と雛の恋を指しているなら、僕はやっと安心しました。

    花乃だって言ってんだろ、なコメントに、あぁ雛ですか、と返してますが
    二人の女性が被り、二人兄弟が被るなら、あの錯綜感も理解できる。

  25. 名前: 投稿日:2017/03/13(月) 11:00:18 ID:f670c2ccd 返信

    ・・・冬柴、実は「駅から5分」でいちばん好きな(いや、ノブ子さんを抜かして2番目か)けっこう好きなキャラクターだったので、男だからって悪者を指してて欲しくないってのがありまして。
    Fugenzouさんありがとうございました。

    べそべそしてる時代の後輩・冬柴が好きなんでした。

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