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Satellite Of Digitalis Syndicate

花染町を覆う「雲の地図」 – 読者参加型・漫画

タモリの「笑っていいとも!」が放送を終了したのは2014年

「視聴者参加型」番組と聞いて、僕がまっさきに思い浮かべるのは、このお昼休みは・で有名なバラエティ番組。

友達の友達は、みな友達だ、みんなで広げよう友達の・・・とタモリさんがマイクを通して言うと、新宿アルタの生放送に参加している会場客が、いっせいに両手をあげ

円を描いて「輪っ」と応える。

「駅から5分」は、これをそのまま「読者参加型」イベントの「クイズ番組仕立て」で連載を開始した。はずだ。
「花に染む」はそのために「謎めいている」のでなくて「なぞなぞ」仕立てになっている。

「続編」や「スピンオフ」といろんな呼ばれ方をしたにしても、「対」の二作。
「花に染む」が問いかけで、「駅から5分」が答え。問答集。

まず読者を「問答」の席に着かせるために、「花に染む」の主人公は「駅から5分」には登場させない、など荒技をやる。
破綻のまったくない物語を先に用意しておいて、わざと目立つ「虫食い」を見せる。
違和感を抱かせるために、二作の間であきらかに違う「齟齬・差異」も描く。

僕にとってそれは「不在」という一語だった。馬がいない、兄がいない、肝心な弓の練習の時に、わざと陽大を不在にさせて、メールの文章を読ませて、作者はいったい何がしたい・・・という風に。

他の方々にとっては、ぼかされた表現に見えたり、全体が抑えたトーンに感じられたりと、読者それぞれに反応は違っても、あくまでも作者が計算し、用意した「虫食い」
「曖昧・穴・不足・欠落」だったということ。
それにはかならず「駅から5分」に答えがある、という作り方。

主役、圓城陽大の「圓=円」から「輪」という発想に繋がれば、ほとんどのクイズのヒントが、だんだんと気づかれるように、あらゆるところに配置されていた。

昔々にNHKで放送していた「連想ゲーム」というクイズ番組にも似ている。
ヒントの数が多ければ多いほど、ヒントが的確であるほど、正解率は高くなる。

登場人物は時にセリフで、絵としてのジェスチャーで、姓・名として、ヒントを無数に散りばめる。

円も、輪も、見えなくても、松本清張の「点と線」と同じく、点と点を繋いでいくと、その線はいつか「円・輪」を描き出す。

「クラウドアトラス」を読んだ、あるいは映画で観た人は、きっともれなく「クラウドアトラス6重奏」を作曲したロバート・フロビッシャーの手紙にある

「半分しかない物語なんて 中途半端な恋と同じだ」

という言葉に惹かれただろう。

僕ももちろん映画の中でいちばん好きな「字幕」だった。

半分ずつ小出しにされたら、続きが気になる、繋がりが気になる、だから読み解きクイズに「参加」して、中途半端な恋を終わらせたくなる。
僕は、恋にもクイズにも目がない。そういうことだった。

おまけに日向神話の天孫降臨にまつわるパートは、初夜の花嫁が「処女」だったかどうかで、夫婦が大喧嘩して別れる話だ。
弓と的が出てきて、主役の少年が、他の友人たち ー 男の友達が触ったら激怒するものを
知り合ったばかりの女の子に、触るだけならいいよ という。

うぉぉぃ。だよ。

なんで皆これが見えないの。となる。
あ、書くの忘れた。子供はさっさと帰れよ。・・・いやまぁ自分のを触っときなさい。好きにしろ。
保健体育の授業でやる以上のことは書かねぇよ。残念だったな、スケベ話を俺から引き出したかったら美味い酒を持参しなさい。
そしたら、いくらでもご教授してあげる。

ついでに。
AKB48の「48」は学校のクラスの人数でしょうだの、都道府県の数じゃないの、と思ってる純粋無垢な人も、さらっとスクロールして暫く読み飛ばしてくれ。

(次の水平線が見えるまで)→


この国で48という数字を見たら、まず「江戸四十八手」だろうが。という人間のブログなのだ。

クラスに女子が48人もいるマンモス女子校でもあるのか。都道府県の総数は47だ。
他に、秋元康が思いつきそうな48という数字があるなら、ぜひ教えてくれ。と俺は常々言って苦笑いし、されてきた。
AKBファンがどんな理由でどんだけ財布を開こうがいっこうに自分に影響はないから放言しまくらないだけ

で、億ちゃんは誰。と訊かれたらこう答える。
オーソドックスにあっちゃんで。

クレーンだの、釣竿だの、棒状で、上げ下げされるものは、スケベなエロ人間たちにとっては全部、男性器の象徴。

「釣竿」出てきてたねぇ、「駅から5分」で。と笑えばいいのだ。

「袋とじ本」を、丁寧にハサミやカッターで開く、ご開帳・欲求を試されてるのか、そういうことかと

これはクイズかパズルのようだと何度か読み返しているうちに、ヒロインの胸に響かない言葉でコケる主役って。あぁ俺は、DTーOFーDTの味方をしちゃってたわけか、的外れねぇ、初体験はそら難しいかも知らんなぁ、と気づき、あーあ。となったけれど

先に「銀のスプーン」という漫画でDTーOFーDTの初恋の行方を心配してたので、陽大はまぁKINGーOFーDTだな、と。



清濁合わせもってない作品に、今さら興味を覚えるはずもない年齢なので、ははは!と大笑いして、クイズ式・分解作業を続けていくと、その先は、すべて「聖」でした。

清いどころではなく、聖。

作者は間違いなく強靭なフェミニストの「鑑」で、僕には飲み込めていない平塚らいてうの「青鞜」に書かれていることをそのまま体現されているし、物語の結末さえも
「隠されてしまったわが太陽を取りもどさなければならならない」 を実行した。

そのために、神も仏も地獄の鬼も総動員した。

だからといって「ご高尚」な話を押し付けようとはしていない。

知りたいという知的欲求を刺激し、想像し、考えろと促すだけで、間違いなく「花乃と陽大が救われた」と感じ、長年の物語の結末に癒された読者が「お昼休み」を終えて日々の生活に戻っていくのを引き止めたりはしない。

「花に染む」を単体でも満足できるものに仕上げられる自信がなければ、手を出さない大仕掛け。

ただ情緒だけでは納得しなかった頑固者か、好奇心・探究心・スケベ心の強いやつか、暇人か、あるいは作者の長年の愛読者たち、が席に残って「連想ゲーム」のような「なぞなぞ」のようなと思えるものを続ける。

それは時間制限も、点数を競う敵チームもなく、ただただ、何百射でも、これかあれかと、思いつく限りの答えを打ちまくっていい「射的」ゲームだ。

やっているうちに正解が出た時は、屋台の射的で的が倒れたのを見るくらい、はっきりと「お、いった」と霧が晴れるのを感じる。
作品の中に「正解」の証拠になる絵も描かれている。

もう何となく先が読めるだろうが、僕は近所の神社の祭りの日に、それまで一年間せっかく貯めてきた貯金箱をスッカラカンにするようなガキだったし、特に、型抜きと「射的」も、好きだった。

「神社の祭り」も「射的」もピストルも、作品中に登場していた。

これが、あなたたちが大好きな、くらもちふさこさんという「バケモノ」だと俺は思うが、如何。

疑問の霧が晴れる感覚を「雲」になぞらえ、主役が

正しい流れが生まれるまで何射でも
何百射でも

自分の気持ちを乗せて 矢を放つ

と「射法八節」し続けたことを  実際に読者がすれば

「雲」が一つ、一つと射ちおとされ消えていき、花染町の空に「二つの太陽」が昇る。

このような「参加型イベント」のことを、インターネットの世界では、インタラクティブWebという。
「対話」または「双方向」式。

その代表的なものが ー Common Gateway Interface ー CGI といって
生徒会の赤松さんが管理していた「BBS」機能がその代表的な一つだ。

「駅から5分」が連載開始したのは2007年らしい。

前年2006年は、僕らの業界にとっては忘れがたい時期で、猫も杓子もLinux(リナックス)と、現在はAndroid携帯のOSカーネルとして有名なオープンソース・ソフトウェアが圧倒的な流通を誇った象徴的な年だった。
と、こんな退屈な話を深堀りする目的ではなかったが。

つまり、

くらもちふさこという作家は、おそらく史上初の「インタラクティブ」漫画を、2007年には描きはじめ、2016年に完結させたということ。

それも古式ゆかしき「問答」としては、
敬虔な仏教徒でも深く感銘を受ける理を裡に含み

表皮の部分には、国民的な昼時のバラエティ番組の「顔」を持たせて。

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後日追記:

作者がやりたかったことは、これだな・・・と思ったので、文化祭のフォークダンスの回を拾いに捲ってみた。生徒会長が赤面症の笛木さんも優しく輪の中に誘う会。
案の定というか #18話の表紙は「花乃」が弓を構える姿で、連載スタート時の「陽大」としっかり「対」の絵になっていた。


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(追記ここまで)

僕が「視聴者参加型」や「読者参加型」という装置に気づくまでには時間がかかり、
最初はただ、作者ファンの一人が「駅から5分」と「花に染む」はリンクしている、と書いていた掲示板の投稿を読み、その文章に説得力があったので自分で少し確かめたら、一話どころではなく見つかるので、
(おぃ・・・これ、ひとつなぎの財宝だぞ、ONE PIECEじゃねぇか・・・)とワクワクしはじめ、尾田栄一郎がよく言っている「無駄はことは一つも描かない」がそのまま適用されているはずだと直観した。

国民的人気漫画の作者、尾田栄一郎が豪語していることを、きっと、この女性作者は、もっとずっと以前からやってきている。それを証明しようと思った。

人に吹聴する有言実行ではないから、途中でめげたら黙って尻尾を巻けばいいわけで、まぁそのうちくらいに考えて、遊びも仕事も他の漫画もたくさん読み、映画「パディントン」も観て、字幕版のつもりが「吹替版」をポチってしまったので、ベン・ウショーの出演作をもう一本借りようと観たのが「クラウドアトラス」だった。

それが「駅から5分」の最終回から、少しあとくらいだったか。数ヶ月後か。

日常生活の合間、合間に「二作」の「対」になっている箇所をつらつらと思い出し、どれもこれもが「陽大と花乃」のセルフオマージュというわけでもない、何か別の目的があると、とりあえずわかりやすいエピソードから追っていこうと、ベッドに横たわって、あれとこれが、と考えていた時に、

櫻井蓮と雛のエピソードが、そっくり「花乃と陽大」だと気づき、水野楼良と陽大のエピソードさえ、男女反転の「陽大と花乃」だ、とわかった時、セルフオマージュの形式をとった「クラウドアトラス」だ、輪廻転生! 沢田陽生は、陽向だ、とベッドから飛び起きていた。

つまり・・・予定していなかったカンニングというか、
質の高すぎる「アンチョコ」を観てしまっていたのだ。偶然。

ベースとしての仕掛けと根底に流れる思想として小説「クラウドアトラス」をオマージュしている、と気づいた時は

正直、無謀にもほどがある。と思った。

映画のプロダクション・ノートには「現代の最高傑作と称えられる」とあり、英語圏では人気作家、その最高傑作と謳われているが、
僕が映画を観た直後に購入した日本版・電子書籍は、文庫化もされていない単行本上・下巻。
映画はとびきり素晴らしかったが、数々の受賞をしながら、タイム誌の年間ワーストワン映画にもされたらしい。
いわゆる人を選ぶ、癖のある作品ということか。

ハリウッドは単純なスカッとする映画が好まれるのに、キリスト教圏にはない「輪廻転生」をテーマに、6世を同時に並走させるというリスキーな構成だ。
小説よりもさらに、冒険的に撮った三人の監督の名前を見れば、Powered By シリコンヴァレーとでも言いたくなる面々。

いや、僕は映画や映画監督にはまったく詳しくないが「マトリックス」の監督と聞けば、コンピューターやマザーボードに強い、そっち方面だ、くらいは予想されるだろう。「マトリックス」には「仮想世界」というのもあった。

これが前の記事に書いた、連載開始当時には予定していなかった「想定外」が起きた ー の2つ目。
タモリの「笑っていいとも!」が放送を終了し、「駅から5分」連載開始よりずっと後に撮られた映画が2013年に公開された。

後者は、僕にはラッキーな質の高すぎる「アンチョコ」になったが、Amazonにあった小説の数少ないレビューを見ると
どうも読んだ読者のほとんどは「輪廻転生」物語だとも思っていないような内容だった。
たんなるオムニバムと捉えている風もあり。

しかも「星型のアザ」を持った人物が、各世代に一人現れるとか、もし僕が先に読んでいたら(おぃおぃJOJOかっ!)で終わっていた可能性大(笑)

原作をまだほとんど読んでいない時点だが、三人の映画監督と、オマージュとして織り込んだくらもちふさこさんの読解力が、同等それ以上であることが何よりの驚異だった。

プログラムを創る人間はよく言うことだが、自分で新しく書くよりも、他人の書いたものを読み、全体を理解する方がずっと難しい場合が多い。
書ける人はいくらでもいるが、読める人はなかなかいない。と言われる所為。

たとえば原作として映画やドラマに再現し、失敗すれば「模写」としての駄作だが、オマージュとして取り込むには、深く理解していなければ、途中どこかで破綻する。そういう差だ。

自分のもの、自分の言葉にできていないと、焼き直しはみすぼらしいだけの廉価版になるか、焼き直しであることにも気づいてもらえない。

それが構成も撮り方もリスキーと評された映画と、ほぼ直結するくらい酷似していて、双子のようだったから、僕が気づいた。

ストーリーは、かたや原作の再現・再生、かたやオリジナルだから、似ても似つかない。
しかし、つくり方とテーマの捉え方は同じ、しかも何年も先に「駅から5分」が連載開始。

すべて作者の計算通り、「初期設計」から逸脱した箇所は微塵もなかったが、2013年に映画「クラウドアトラス」公開を経て、
「駅から5分」のエンディングロールといえる箇所は変更された可能性はある。

「神社の祭りの日」に空を風船が飛んでいき、セルフオマージュとして、花乃・陽大・楼良・雛を担った登場人物が描かれている場面。

映画を観た人間が多ければ多いほど、僕に起きた偶然と同じことが「良い目」に出る確率が上がる。

しかし映画はまず受け身なものだから「インタラクティブ」性などはない。(評論・評論家は別として)

「きみが冒険の旅をしてきたのなら、王子役はきみだ」

読者参加型の「インタラクティブ」漫画で、主役はこのセリフを誰に伝えているか。
読者ですよね。

ストーリーの中で、水野楼良としても破綻なく、菩薩さまへの感謝・共鳴としても破綻なく、しかし読者でしょう。
動物的な野生の勘だけは、なぜか優れている僕が、なぞなぞや問答や「射的」をする前から、間接キスにしか見えない、と感じ

くらもちふさこの「花に染む」
ライバルの女の子に、王子様は来ない
冒険をしてきたのが君なら、「王子様は君だ」って主役のセリフとキス
オーロラ姫にかけて、読者に作者がキスを贈ってるよなぁ
魔法を解く瞬間にストーリーに絡ませてファンへメッセージ贈ってるように見えた。粋だ

と呟いてたんですから。

そしてまぁ毎度のとんでもない野郎だが

申し訳ないが・・・僕はこのシーン、ダメなんです。

そりゃそうです。俺を王子さま呼ばわりされても困るし、陽大とキスしたくねぇし。
入谷にチェンジで!(うぉぉぃ。)


もう、そろそろ黙ろうと思います。
「駅から5分」の文庫版には、書き下ろし作品として「諦めない男、櫻井が登場!」だそうなのです。

作者がまだ、読者との対話、問答、を諦めていないのなら、僕は少し早く一連の記事を書きすぎた。
ブログにたくさんアクセスがあっても、延べ人数で千人か二千人は超えないだろう、最後まで読破してくれた来訪者がその何割になるのか、ともかくも「読者参加型」と気づくのが遅すぎた。

間違いだらけの記事を上書きする意味で、最後にごそっとまとめ投稿をしましたが
以前に書いていた

つまり、誰と結ばれるか、ではなく
どう結ばれるか なんですね

という書き出しの「読書感想文」を次に、僕はきっと書くでしょう。

代用がこの記事です。
誰と結ばれるか、ではなく、「読者」とどう結ばれるか、という作品でしたよ。

10年かけて、これだけの偉業を成した作者のことを、いつか誰かが正しく伝えてください。

2016年 年末「君の名は」というアニメーション映画が空前のヒットを記録し、
「前前前世」というRADWIMPSの主題歌が紅白初出場を果たす
その同年に、くらもちふさこという昭和を代表するような女流漫画家が、おそらく史上初の「双方向」インタラクティブ漫画を完成させていた。

ウィキペディアでも、ファンサイトでも、WIKIでもいいから、正確に記録される日を、いつか誰かがつくってください。
インターネットは、そういう記録・歴史・資料を世界中の人がシェアするために、先達者たちが海底トンネルを掘ったり、電柱に登ったりして創り上げてきた世界です。
誰かにマウンティングしたり、させたりするためじゃない。正しきコミュニケーション、死も時代も乗り越えて、人と人が繋がっていく、対話のために創られた世界だと僕は信じてきた。

2007年当時のくらもちふさこさんは、その世界に期待を持って、携帯電話やBBSといったデバイス・ツールを選んでくださったはずなのに
今現在の体たらくは、本当に申し訳なく感じます。俺らが力不足ですみません。

記憶が戻るに越したことはないけど
でも いいんじゃない?
そんな風に考える時間を貰えたこと

これが「駅から5分」の方での「対」のメッセージ。
10年の間に個人のウェブサイトでBBSがあるものはめっきり減り、LINEやTwitterを代表とするSNSは発展したけど、少人数のグループで助け合って読み解き「射的」は難しくなったかもしれない。

今後小学校の教育過程に「プログラミング」の授業が増えるらしいが、下手な教材でforだのwhileだの唱えて無駄な時間を過ごすより、
「花染町」二作の方が、よほど優れた教材だと僕は思います。

中学生以上で、いつかそんな小学生に追い抜かされるかもと脅威に感じる学生や、保護者がいたら、1巻から8巻を「設計図」として複写、書き出ししてみるといい。
抽象的な考え方、鳥瞰図のような全体像、絵を描くにも、文章を書くにも役に立ちそうだが、何よりも優れた「プログラム」を書く勉強になるはずです。

最終要件はただ一つ、「隠されてしまったわが太陽を取りもどさなければならならない」
ただし、途中で「呪い」を解いたところで、Break; を挿さみ、
座席に残る YES|NO の選択ーIFーをかけた上で、続き処理。

要素として登場するキャラクタ(文字列)は、

「秋」「冬」「百」「櫻」「松」「藤」「桂」「鳥」「海」「川」「実」

という、美しく深い、日本の風景から宇宙を想像させるものまで。

「花に染む」の続きが読みたいという人には、青野巡査の「反転」をさせればいいんじゃないすかね。
学生結婚し、一年か二年で別れたと、ノブ子さんが(やっぱり心配な子だに)とおっしゃっていた。

僕はコンビニで、家族計画用品を堂々と買っている主役しか思い浮かびませんし、それが正しい道だと思っているので、退場。
読書感想文は、入谷のモノローグ、まヽ

あいつの言葉は そらごとだ
なのに きっとたぶん
これをずっと待ってた
輪廻転生の物語ではじめて慟哭した。

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